「スポーツによる慢性腰痛」の原因と治療法

●「反動を使う」という動作の意味

腰の骨格と筋肉

スポーツによる慢性腰痛は、大腰筋の反動を使いすぎたことが原因である。
筆者がこの結論に至った経緯については、ぎっくり腰について書いた電子書籍にまとめてあるので、興味のある方はご覧いただきたい。

「反動を使う」という言い方は、スポーツではよく耳にするが、一般の人には聞き慣れないかもしれない。
野球で強いボールを投げるときには、後ろに腕を振りかぶるし、サッカーでボールを強く蹴るときも、後ろに足を引いてから蹴る。
これが「反動を使う」と呼ばれている動作である。
運動力学的に言えば、「反動を使う」とは、筋肉の弾性を利用するための動きだ。

弾性の効果について説明しよう。
「弓」という武具がある。
弓は獲物を仕留めたり、戦争で敵を倒すために使われてきた。
それは弓を使えば、人が手で投げるより、はるかに強く、遠くまで矢を飛ばすことができるからだ。
しかし、弓それ自体には動力源はない。
動力のない弓を使うことで、なぜ強く矢を飛ばせるのか。
それは弓が弾性を持っているからだ。
弓の棹と弦の持つ弾性が、人が腕で「ぎりぎりぎり」と弦を引くゆっくりした動きのエネルギーを蓄え、「ビュン!」という瞬発的な動きに転換する。
弾性にはこのように、ゆっくりした力をピークの鋭い瞬間的な力に転換する作用があり、それを使うことで瞬発力を大きくパワーアップすることができる。

実は人間の体にも、弓と同じ機構が組み込まれている。
人間の筋肉には引き伸ばされると縮もうとする、バネに似た性質(弾性)がある。強い瞬発力が必要なときには、この性質が利用される。
具体的にはこれから縮めようとする筋肉を、縮める前に引き伸ばしてやるのである。
野球でボールを投げるときに腕を振りかぶるのも、サッカーでボールを蹴るときに足を後ろに引くのも、それによって腕や足、そして体幹の筋肉を引き伸ばし、その弾性を利用するためだ。
動かそうと思う方向とは反対に腕や足を動かす予備動作は、「タメをつくる」とか「テイクバック」と呼ばれ、多くのスポーツで意識的に行われている。そうすることで予備動作なしで投げたり蹴ったりする場合に比べて、より強力なパワーを発揮できる。

●大腰筋のバネとしての酷使が腰痛を引き起こす

筋肉の弾性を利用する動作はさまざまあるが、そのうち腰痛を引き起こすのは、大腰筋の反動を使う動きである。
大腰筋とは背骨の前側から内臓の後ろを通って骨盤や大腿骨とつながっている、人体の中でも最大の長さの筋肉を指す。
「大腰筋の反動を使う」とは、予備動作として「体を反らせる」ことだ。
陸上のジャンプもサッカーのキックも、野球のピッチングもテニスでサーブを打つときも、全力でやるときは思い切り体を反らす。
大腰筋は人体で最長の筋肉なので、バネとしての力も最大だ。そのため最大のパワーを発揮したいときには、体を反らして大腰筋の弾性を活かそうとすることになる。

筋肉は、力を込めることで本来の長さから収縮して短くなり、パワーを発揮する。
それは筋肉にとっては本来の活動であり、そのことで筋肉の組織が痛むことはない。
しかし弾性を利用するためには筋肉を本来の長さ以上に引き伸ばさねばならない。それを繰り返すことが筋繊維を著しく痛める。ちょうど繰り返し伸ばされたゴムが、へたって弾力を失っていくイメージだ。
これが腰痛の原因となる

体を反らしてその反動を使うことが腰によくないことは、昔から知られていた。
スポーツジムで腹筋運動を行うと、「反動を使ってやらないこと。腰を痛める怖れがある」と指導される。
反動を使うとは、腹直筋を使って上体を起こす際に腰を反らして勢いをつけることで、これをすると腰を痛めるという指導は、筆者が学生だった40年前から一般的に行われていた。
現在では背筋運動についても、「腰を痛める怖れがあるので、体を反らしてやらないこと」と指導されている。

では、なぜ腰を反らすことがいけないのか。
その理由を聞いたことがある人は少ないだろう。少なくとも筆者は一度も耳にしたことがない。
以下では、大腰筋の反動を使う運動が腰痛を引き起こすメカニズムを説明する。

●瘢痕化した組織は元に戻らない

人体は日常的なケガについては、完全に復旧できるような機能を備えている。
たとえば皮膚のケガの場合、表皮が傷ついてちょっと血が出たぐらいであれば、1日で傷口はふさがり、多少の炎症は起きたとしても治癒後に傷跡が残るようなことはない。
久しぶりに運動をすると筋肉痛になることがある。
これは筋肉の内部で組織が損傷して炎症が起こっている状態だ。しかし普通は2、3日で治り、後に問題が残ることはない。

同じ皮膚のケガでも表皮の下の真皮にまで達する深い傷の場合、傷跡が残ることがある。これを「瘢痕」と呼ぶ。
ケガが治っても、組織が完全には元に戻らなくなった状態
だ。
瘢痕を作っている組織は通常の組織より固く、柔軟性に欠け、見た目も元の組織と違う。典型的な瘢痕組織が、大ヤケドの後に残るケロイドだ。
瘢痕ができるのは深い傷を負った場合だけではない。浅い傷であっても治りきらないうちに同じ箇所が傷つくようなことが繰り返されると、その部分の組織が瘢痕化してしまうことがある。

同じ現象が筋肉内でも起きている
あるトレーナーのサイトに、炎症(筋肉痛)を伴う筋肉の怪我について、「初期のRICE処置が不完全であると、損傷部位の瘢痕化が生じ、筋力の低下、柔軟性の低下が起きる」とあった。
RICEとは「安静(Rest)」「冷却(Icing)」「固定または圧迫(Compression)」「挙上(Elevation)」の4つを意味し、外傷を負った際やハードなトレーニング後のケアの基本である。
過度のトレーニングで筋肉の組織が傷つき、腫れて熱を持ったときでも、すぐに冷やして安静にしていれば組織の瘢痕化を防ぐことができる。
逆にトレーニング後のケアが十分でなかったり、まだ炎症が回復しきっていないのに同じ筋肉を使うトレーニングをやったりしていると、筋肉内に瘢痕組織が生じてしまうのだ。

筋肉内の瘢痕組織が一定割合を越えてくると、筋肉全体が柔軟性を失って固くなり、筋膜表面に常にテンションがかかる状態になる。それが筋膜に分布している痛覚受容器を刺激する。
そこから慢性的な腰痛が始まる。
一度瘢痕化した組織はもう元には戻らない
このため運動が原因で起きた慢性腰痛は、その運動をやめた後も治ることがない

●過度な反復練習が筋肉組織の瘢痕化をもたらす

おそらく筆者が学生だった当時、「腰を反らすな」とアドバイスしていた指導者たちが、上のようなメカニズムを理解していたわけではないだろう。
しかし理屈はわからなくても、多くの運動選手や一般の人たちがトレーニングする中で、「腰を反らした姿勢で腹筋や背筋をトレーニングすると、腰痛になる者が多く出る」という経験則が生まれ、現場で知識として共有されてきたものと思われる。
今、現役のスポーツの選手やコーチも、「痛めるから腰を反らすな」という指導を一度は受けているはずだ。しかし昔と同様、その理由を説明された者はほとんどいないだろう。指導する側も理由を知らないからである。

大腰筋を痛める予備動作は、腹筋や背筋などの基礎トレだけで問題になるのではない。
むしろそれぞれのスポーツで必須とされる動作、たとえば野球のピッチャーが全力でボールを投げる、テニス選手が全力でサーブを打ち込む、剣道の選手が全力で竹刀を振り下ろすといった動作こそ、大腰筋に最大の負担を強いている。
こうした体を反らして全力を出す動作を伴う練習は本来、できるだけやらないほうがよく、やるにしても数を押さえ、練習後は安静にし、練習と練習の間には大腰筋を炎症から回復させるために数日の間隔を置くべきなのだ。
そうでないと腰痛を招いてしまう。
大腰筋は体の中心にある筋肉なので、腕や足の筋肉と違ってトレーニング後のアイシングが難しいという問題もある。

筆者の場合で言えば、30歳前後にやっていた空手の稽古で、黒帯を目前にしてがんばり過ぎたことで、慢性腰痛に悩まされることになった。
今振り返ると、足を思い切り蹴り上げる稽古を休みなく続けたことが原因であろうと想像できる。

●運動が原因の慢性腰痛は解消できる

「一度瘢痕化した組織は元に戻らない」と述べたが、それでは運動が原因で慢性腰痛を発症したら最後、一生痛みに悩まされなければならないのだろうか。

何もしなければ、おそらくそうなる。
しかし瘢痕組織は元に戻せなくとも、腰痛をなくすことは可能だ。
手術や特別な器具は必要ない。
筆者自身も長年慢性腰痛に悩まされていたが、今では腰痛から解放されている。
そのためにやったのは、スポーツ経験者なら誰でも鼻歌まじりでこなせる程度の、日々の運動だけである。

具体的なメニューは、以下の通り。

1.腹筋運動
床に仰向けになってヒザを立て、手を下腹部に置いて、アゴを胸につけ、上体を起こす運動。
ポイントは、起き上がる動きをごく小さくし、小刻みに、リズミカルに行うこと。起き上がった時、背中のヘソの真後ろのあたりが床から離れれば十分。
体を下に落とすときは力を抜く。筋肉痛の原因となる伸張性収縮(筋肉を伸ばしながら力を入れること。この場合は筋力を使って落下のスピードを落とすこと)を避けるためだ。
固い床より、布団やマットレスの上のほうがやりやすい。
腰椎の前側の筋肉を引き伸ばして負担をかけないため、決して体を反らさないこと。左右のヒザは閉じる必要はない。

 

2.腕立て&背筋運動
床にうつぶせになり、下腹部を床につけた状態のまま、腕立て伏せをする。腕の力と背筋を使って腰を反らせる運動である。
ここでもポイントは、動きを小さくし、小刻みに、リズミカルに行うこと。
ヒジを完全に伸ばしてしまうと体の反りが大きくなりすぎるので、伸ばしきらずに余裕を残す。ヘソが床から離れるぐらいまで上げれば十分だ。体を下に落とすときは力を抜く。

 

 

以上を各100回ずつ。
これは筆者が自分で考案したものではなく、何かのテレビ番組で紹介されていたのを見て軽い気持ちで始めたものだ。大変申し訳ないことに、なんという番組で見たのか、指導していた先生が誰だったのか、全て忘れてしまった。

●なぜ簡単な運動で腰痛が治るのか

筆者はこれらの運動を始める前から、毎朝の日課として空手の突き、蹴りの基本の一部、呼吸法、眼球運動などの運動を行なっており、腹筋、背筋、腕立てにしても、ジムや自宅で日常的にやっていたが、それで腰痛が治るということはなかった。
なんとか腰痛を治そうと、1年以上整体に通い続けた時期もあったが、楽にはなっても完治はしなかった。
ところが上のメニューをそれまでの朝のトレーニングに取り入れたところ、1週間ほどでなんとなく腰に良いような印象があり、そのまま数ヶ月続けるうちに、しつこかった腰の痛みが消えてしまったのだ。

これは驚きだった。
腰痛がつらかったときには、むしろその種のトレーニングをすればするほど、腰に疲れがたまって痛みが悪化する印象があった。
同じ腹筋運動、背筋運動といっても、これまでやってきたトレーニングと上で紹介した運動には何か大きな違いがあるようなのだ。

その理屈がなんとなく見えてきたのは、2000年代半ばになって、「体幹トレーニング」がブームになってから。
腹横筋や脊椎起立筋は一般的な腹筋運動、背筋運動で鍛えられるが、大腰筋は、これを意識した体幹トレーニングをしてやらないと、なかなか強化されにくい筋肉なのだ。

おそらく上の2つの運動は、運動のストロークの大きさ、スピード、負荷などが、大腰筋の血行を改善する上で最適な組み合わせとなっているのだろう。
筋肉内の血流量が増え、毛細血管の体積が増えれば、筋肉内部の瘢痕化が進んでいても、筋肉の柔軟性は回復する。それにより筋膜上の痛覚受容器に加わるテンションが和らぎ、痛みが消えるのだと考えられる。
名前を失念してしまって真に恐縮なのだが、この運動を発案しテレビ番組で紹介してくれた医師には、今も感謝している。

●ポイントは大腰筋の柔軟性

上の運動以外にも、現在ではさまざまな体幹トレーニングが考案されている。
過度なトレーニングによって腰を痛めてしまった現役の運動選手の場合も、体幹トレーニングによって大腰筋の血行を改善させて筋肉の組織を柔らかくしたり、筋肉そのものを肥大させて慢性腰痛を回復させることは、十分可能であろう。
筋肉が肥大しても瘢痕組織は大きくならないので、トレーニングによって大腰筋が太くなれば瘢痕組織の割合が減って全体として柔らかくなり、筋膜のハリがなくなって痛みが消える道理である。

また大腰筋の柔らかさを保つために、ぎっくり腰対策として紹介した、大腰筋を伸ばす「床に手をついて上体を反らすストレッチ」も、日に何度か行うとよいだろう。
大腰筋を緩める「正座して礼をする姿勢のストレッチ」とセットで行うと、さらに効果的である。

大腰筋を伸ばすストレッチ

大腰筋を緩めるストレッチ

腹筋運動と同様に、フリーウェイトを使ったトレーニングでも、トレーナーからは、
「反動は使わないように」
と指導される。
その主な理由は、「反動を使うとその分、狙った筋肉に十分な負荷がかかりにくくなる」ということのようだ。しかし筋肉の不要な損傷を防ぐ上でも、この指導は重要である。
繰り返しになるが、「反動をつける」とは、弾性を利用するために筋肉を引き伸ばすこと。ウェイトなしの状態で反動を使っても、繰り返せば筋断裂につながるのに、ウェイトを持った状態で反動を使えば、筋繊維にかかる負荷が倍増し、筋肉をひどく痛める恐れがある。

先日、ネットで、
「反動をつけてケトルベルスイングをやったら、やっている間は大したことがないと思っていたのに、トレーニング後に背中が筋肉痛でパンパンになった。とてもトレーニング効果が高かった」
という書き込みを見かけた。
ケトルベルスイングとは、ダンベルをヤカンに見立てて持ち、下から上に振り上げることを繰り返すトレーニングである。一般的なウェイトトレーニングと異なり、有酸素運動の一種とされる。
軽い負荷で、反動をつけず、ゆっくりめに行えば問題はないだろう。だが反動をつけてウェイトを振り回せば、遠心力で筋肉に強い引き伸ばしの力がかかることになる。
そんな動作を繰り返せば、大量の筋断裂が発生してトレーニング後に炎症を起こすことは避けられない。筋肉痛はその結果である。

スポーツマンの中にも「筋肉痛はしっかりトレーニングできた証拠」と思っている人がいるが、大きな勘違いである。
筋肉痛とは筋膜が傷んだり筋繊維が断裂して炎症を起こした状態であり、RICE処置を怠ると瘢痕組織の発生につながる。瘢痕組織ができると、筋力も筋肉の弾性も低下してしまう。
それが大腰筋なら、腰痛を引き起こすことになる。

本稿はスポーツを行う青少年や、その指導者に読んでもらうことを念頭に書いたものだ。
毎年おそらく万単位のスポーツマンが、大腰筋の反動を利用したトレーニングを過度に行った結果、慢性腰痛を発症していると思われる。
ここに述べた知識を共有してもらうことで、多くの運動選手を生涯続く腰痛から救うことができる。ぎっくり腰についての記事と同じく、ぜひ拡散にご協力をお願いしたい。