なぜ成年後見監督人を強制されなければならないのか(前編)

●家裁からの「成年後見監督人」選任要求

筆者は2006年から認知症の母の成年後見人を務めている。
2014年7月、千葉家庭裁判所松戸支部より「事務照会書」と題した書類が筆者宅に送られてきた。
内容は以下のようなものだった。

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事務報告書等を提出いただきましたが、貴殿の後見事務には、問題は見られなかったので、今回の後見監督は終了にします。報告ありがとうございました。
ところで、昨今、親族、専門職を問わず成年後見人による被後見人の財産を横領する等の不正行為が社会問題になっていることは、メディアによる報道のとおりです。裁判所もこれらの事態を重く受け止め、これまでの監督方法を見直すこととした上で、多角的に検討を重ねて参りました。
検討の結果、成年被後見人に一定の財産がある場合には、より適切に財産を管理・利用されるようにするため、後見制度支援信託の利用又は成年後見監督人を選任して監督を強化していくことといたしました。本件においてもこれに従い監督を見直すこととなりました。
本件につきましては、裁判官の判断により、まずは、後見監督人選任の手続きで進める方向で検討しております。
(中略)
つきましては、貴殿の御意見を伺うため、後見監督人選任に関する資料、及び後見制度支援信託の利用に関する資料を送付いたします。
お手数をおかけしますが、資料をお読みいただき、同封した上申書をご回答の上、書名捺印し、平成26年7月31日までにご返送ください。
(後略)

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添付された資料を見ると、「後見監督人の行う監督業務に対して、被後見人の財産から報酬を支払うこと」となっていた。報酬は資産の額によって異なり、母の場合は「基本報酬」が「月額3万円」とされている。
一読して眉をひそめた。
筆者はこの時点で既に8年間、無報酬で成年後見の事務を続けており、その間何も問題は起こしていない。それがいきなり「後見監督人を選任するから、月に3万円ずつ払え」と言うのである。

同封された「上申書」には、最初に住所氏名を記入する欄があり、その下に
「いずれかにレ点を入れて選択してください。」
とあって、
□ 私は、成年後見監督人選任を了承します。
□ 私は、後見制度支援信託制度の利用を希望します。
と2つの選択肢が示されている。
「どちらも希望しない」という選択肢は、最初から与えられていないのだ。

選択肢のうち「後見制度支援信託制度」とは、筆者の理解によれば、指定金融機関に被後見人の資産を預け入れる仕組みである。
「こちらの方が費用が安くなる」と書かれていたが、実際には「信託が開始されるまでの期間、裁判所が新たな後見人を選任する」となっており、その後見人に支払う報酬は監督人の報酬の2倍なので、月額6万円にもなる。
(その後、信託を設定した場合の費用はそれどころではなく、数十万円単位の手数料が発生することを知った)

●断っても毎年繰り返される

この「上申書」に対して筆者は、
「私は成年後見人として平成18年以来、8年間にわたり誠実に後見業務を行い、その間、一切の報酬を受け取っておりません。この状況の下において裁判所が、後見人、被後見人の了解を全く受けることなく、月額3万円の報酬額を被後見人の資産から支払うことになる成年後見監督人を一方的に選任することは、財産権の重大なる侵害であり、強く抗議いたします。」
と書き、二択の選択肢のどちらにもチェックを入れずに返送した
ほどなく裁判所の担当書記官から電話があり、
「被後見人の収支が赤字であることもあり、今回の監督人選任は見送る。ついては被後見人の他の相続人の了解をとってほしい」
と伝えられた。
母の相続人は、長男の筆者と弟の2人である。筆者は弟に連絡を取って事情を説明し、一筆入れてもらった上で裁判所に提出した。
それに対して裁判所からのコメントはなかった。
筆者はこの問題はそれで終わったものと思っていた。

ところが終わりではなかった。
翌2015年7月に、今度は「事務連絡」なる文書が送付されてきたのである。
新たに送られてきた文書の内容は、前年に送られてきた「事務照会書」と瓜二つだった。

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先日、提出していただきました後見事務報告書について、適正な後見事務を行っていることを確認させていただきました。今後も引き続き、ご本人のために適正な財産管理をお願いします。
さて、昨今、親族、専門職を問わず成年後見人による被後見人の財産の横領行為が社会問題になっていることは、メディアによる報道のとおりです。裁判所においても、これらの事態を重く受け止め、これまでの監督方法を見直すこととした上で、多角的に検討を重ねて参りました、その結果、ご本人に一定の財産がある場合には、成年後見監督人を選任して家庭裁判所の監督を強化していくことになりました。
(中略)
後見事務に対する今後の監督方法について、あなたのご意見を伺うため、後見監督人及び後見制度支援信託の利用に関する資料を送付します。
つきましては、資料をそれぞれご確認いただいた上で、同封した回答書に希望する後見監督方法を選択し、記名押印の上、平成27年8月21日までに同封の返信用封筒を用いて提出してください。
(後略)

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見ての通り、ほぼ同文と言ってよい。
おそらく同じ文書を下敷きとし、一部の文言のみを改めたものだろう。
今回、返送を求められた「回答書」も、見比べてみると昨年の「上申書」とほぼ同じ内容であった。
「成年後見監督人選任を了承する」
「後見制度支援信託制度の利用を希望する」
という2つの選択肢が示され、それ以外の選択肢はない。

●ついに呼び出しをかけてきた家裁

ほとんど同じ内容の文書が、なぜ毎年送られてくるのか
筆者は文書に指定された提出期限を無視し、文書を放置した。
すると9月になって、前年とは違う担当書記官から電話があった。
「この文書なら昨年に提出している」
と伝えたところ、
「それはわかっている。そちらの提出した文書も読んだ。とにかくもう一度回答書に記入して返送してほしい。どうしても監督人選任を了承しない場合は、裁判所に来て説明を受けてもらう」
との説明であった。
半ば脅しといってよい。
どうやら裁判所は、なにがなんでも筆者に後見監督人をつけるつもりでいるらしい。

書記官の高圧的な話しぶりを聞き、メディア関係者の端くれとして、「この件には何か裏があるな」という直感が働いた。

後見監督人とは、成年後見制度の根拠法である民法の、
「第849条  家庭裁判所は、必要があると認めるときは、被後見人、その親族若しくは後見人の請求により又は職権で、後見監督人を選任することができる。」
に基づく法的地位である。
後見監督人が任用されるのは、「家庭裁判所が必要があると認めるとき」となっている。つまり、どんな場合に後見監督人を必要と認めるかについては法律に定めがなく、家庭裁判所の判断にかかっていることになる。
送られてきた「事務連絡」によれば、「ご本人に一定の財産がある場合には、成年後見監督人を選任し」とある。
どうやら「被後見人に財産があること」=「後見監督人をつける要件」のようだ。

●続出する専門職後見人の横領事件

後見監督人に選任されるのは、「弁護士、司法書士等の専門職」で、裁判所が選んだ人間となっている。
しかし「事務連絡」の文書中にもある通り、その弁護士や司法書士たちが被後見人の財産の横領を行い社会的な問題を引き起こしているのは、周知の事実である。
2015年7月の時点でネットで検索しただけでも、
「2015/07/23 – 認知症の女性の成年後見人をつとめていた弁護士が、管理していた預金口座から1400万円を引き出し、キャバクラなどの遊興費にあてていた」
「2015/07/02 東京都の弁護士が成年後見人として管理していた高齢者の預金口座から現金約4000万円を私的に流用した」
「2015/06/19 – 愛媛弁護士会所属の弁護士が成年後見人の立場を悪用し、保険金約2200万円を着服した」
等々、枚挙に暇がない有様だった。
中には「東京弁護士会の元副会長」「九州弁護士会の元理事長」「元香川県弁護士会長」「沖縄県司法書士会の元会長」などという肩書の者たちもいる。「元」がついているのは、事件が発覚したときに辞職させられたからで、犯罪を行ったときは現役の会長や理事長だった者たちである。
こうした事件が多発している事実を見れば、「法曹関係者のモラルは一般人より高い」などという主張は、大嘘であることがわかる。

●泥棒に泥棒を見張らせようとしている家裁

弁護士や司法書士は法律の専門家であり、世間的な信用は高い。普通なら自分たちのやったことを隠匿するぐらいは朝飯前のはずだ。逮捕にまで至ったのは、実際に横領を行った者のうちごく一部、氷山の一角と考えてよい。
(筆者のこの推測は後日、専門家によって裏付けられることになる)

この現状に対し、裁判所が「今後は法曹関係者といえども信用はしない。裁判所による監督を徹底強化する」というのならよくわかる。
ところが実際には逆に「弁護士・司法書士を監督人にする」というのだから、わけがわからない。
「これでは、泥棒に泥棒を見張らせるようなものだ」
と感じるのは筆者だけではないだろう。

そもそも成年後見監督人とは、いったいどのような仕事をしているのだろうか。
ネットで調べてみた限り、「年に1、2回電話をかけてくるぐらいで、とても月額3万円に値する仕事をしているようには思えない」といった声ばかりだった。
月に3万円も取るのなら、最低でも毎月、被後見人に直接会って様子を確かめ、その口座をチェックし、収支を確認すべきだろう。しかしそんなことをやっている監督人など、調べた限りどこにもいないようだ。
調べれば調べるほどこの後見監督人という制度は、「犯罪防止に名を借りた、法曹関係者に対する露骨な利益誘導の仕組み」としか思われなかった。

家庭裁判所は成年後見人から毎年、被後見人の詳細な資産の一覧を受け取っている。
裁判所はその資料を利用して一定額の財産を持つ認知症の高齢者を特定し、監督人を押し付けようとしているのである。

成年後見人が被後見人の財産目録を家庭裁判所に提出しているのは、その財産を保全してもらうためである。提出した情報を法曹関係者に横流しされ、手数料を巻き上げられるためではない。
本来は絶対の機密であるべき個人の資産情報のこのような悪質な流用は、「個人情報は保護されるべきである」という法の理念に反するものだ。
いったいなぜ、このような非道なことが行なわれているのか。

●成年後見監督人強制の背景

筆者は今回の出来事をきっかけに、成年後見監督人という制度の実態について調べてみることにした。
その後の調査で得た知見から、この後見監督人の制度が推し進められている裏には、法曹界が裁判所事務官を中心としたムラ社会化しているという問題と、2000年代に始まった司法改革の影響があると考えるに至った。

2001年に成立した司法制度改革推進法に基づく司法制度改革では、従来の日本の司法制度が法曹人員の不足から十分に国民のニーズに応えてこなかったという反省から、弁護士資格者の大幅増が図られた。
それまで年間1000名程度であった司法試験の合格者数を、年間3000人程度に増やし、弁護士・検事・裁判官を合わせて2万人ほどだった法曹人口を、5万人規模にまで拡大することが計画されたのである。
2000年以降、司法試験の合格者数は年々増えていき、新司法試験制度が導入された2006年以後は、年間2000人以上となった。法曹人口は急増し、2014年には15年前の7割増となる3万5000人に達している。
弁護士の数が急増したために起きたのが、新人弁護士の就職難と、既存の弁護士たちの仕事の奪い合いである。「賃金構造基本統計調査」によれば、2005年に1000万円台だった弁護士の平均年収は、2011年には600万円台まで落ちている。

人が増えすぎて仕事に困り始めた弁護士たちにとって旱天の慈雨ともいうべきタイムリーな事件が、2006年1月13日の最高裁判決であった。
この判決により、消費者金融においてそれまで慣行として認められていた、利息制限法に定める上限金利(元本により15~20%)を越え、出資法で定める上限金利29・2%までの利息を徴収する行為について、「不当であり、支払った者はその返還を要求することができる」となったのだ。
判決当時の利息制限法には、その1条2項において、「超過部分を利息として任意に支払った場合には、その返還を請求することができない」旨が定められていたのだが、最高裁はこの法文を無視し、実質的に法律を改定したと同じ効力を持つ判例を下した。

この判決以降、全国で一斉に消費者金融に対し、「過去に支払った利息を返せ」という、過払金返還請求が始まった。
こうした場合、従来の法律では、請求者の代理ができるのは弁護士だけだった。しかし司法改革の一環として、判決直前の2003年に司法書士も140万円以下の請求を扱う簡裁裁判所における訴訟代理権を獲得していた。過払い請求の大部分は訴額140万円以下であったため、司法書士たちも早速、訴訟代理人として名乗りを挙げ始めた。

●過払い請求バブルに浮かれた法曹界

従来、300万円以下の少額の訴訟で得られる代理報酬は、手間がかかる割に金額が少なすぎ、弁護士からみて引き受けてもペイしない訴訟と考えられてきた。
しかし過払い請求については、あまりに数が多すぎたため、請求される側の消費者金融もいちいち訴訟で対応してはいられなかった。結果、弁護士や司法書士からの請求に対してはその場で和議に応じる慣習が生まれ、訴額に応じた返還額の相場も形成されて、電話一本で簡単に話が済む状況が確立された。
ここまで手続きが簡素化されると、短時間で数をこなせるため、少額の報酬でも十分引き合う仕事となる。
請求によって返還された過払い金の総額は、2006年以降の5年間だけで10兆円を越えたとされる。
過払い請求における弁護士、司法書士の取り分については、当初は相当な高額を請求されたケースも少なくなかったようだが、その後は業界の申し合わせにより、「返還された過払い金の2割程度」に落ち着いた。
10兆円の2割として、5年間で2兆円を越える収入が法曹界に転がり込んだことになる。

筆者個人は、明確に存在する法文を無視した2006年1月13日の最高裁判決は、司法に許された法解釈の領域を逸脱する、事実上の立法行為に他ならないと考えている。
立法とは本来、選挙を通じて民意の委託を受けた国会議員以外には許されない行為である。それが三権分立の精神であり、法制度のあるべき姿という点から考えて、この最高裁判決は許されるべきものではない。
またこの判決は、それまで長期にわたって有効とされてきた商取引を、法解釈の変更により事後的に不法とするものであり、社会の法秩序を大きく揺るがすものでもあった。
この判決により、弁護士、司法書士は莫大な利益を得たが、その一方では大手の「武富士」「クラヴィス」をはじめ、多くの消費者金融が殺到する過払い請求に応じきれず、倒産していった。
『日経ビジネス』記事によれば、2004年3月時点で約2万4000社あった貸金業者数は、2010年10月には2740社と、6年間でほぼ10分の1に激減したという。2万社以上が経営破綻し、かろうじて倒産を免れた企業も、生き残りのためにリストラを行って従業員を解雇している。たった一つの判決のためにどれほど多くの人が職を失って路頭に迷うことになったかと考えると、胸が痛む。

貸金業者が次々と倒産していく事態に対して、過払い請求で潤う弁護士事務所や司法書士事務所は、「消費者金融が倒産してしまうと、過払い金の回収が難しくなる。一日も早く請求を!」という態度だった。当時、電車に乗れば車両のあちこちに過払い請求を勧める弁護士事務所や司法書士事務所の広告が貼られ、最後にはテレビでも過払い請求を勧めるCMが流れていた。
電車内の広告を見ながら、
「この連中は自分が儲けられさえすれば、他人がどうなろうとどうでもいいんだな」
と、憤りを感じたことを覚えている。

「なぜ成年後見監督人を強制されなければならないのか(後編)」に続く)

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