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●官民のオンライン化を阻む印章業界
ITマーケッターの永江一石氏のブログに、「ハンコ業界の利権のためにデジタル化を拒む日本の印章制度・文化を守る議員連盟の議員って誰よ」という記事があった。
「政府は会社の登記がオンラインで可能となるよう行政事務のIT化を進めてきたが、現状では『法人の登記には印鑑が必要』という規定がそのままになっているため、登記に際して『印鑑届出書』を持参するか郵送しなければならない。
そこで法人の登記における印鑑の登録を義務から任意に変更し、印鑑なしで登記できるよう法改正しようとしていたのだが、印鑑業界からの圧力により、国会の審議の対象から外されてしまった」
という内容である。
印鑑に関しては、「公益社団法人 全日本印章業協会」「全国印版用品商工連合会」「全国印章業経営者協会」といった関連団体があり、政府の「デジタル・ガバメント実行計画」に反対している。
これらの団体が連名で内閣府特命担当大臣宛に送った要望書では、「民民手続きにおけるオンライン化の推進の白紙撤回を求める」というから、穏やかではない。
自業界の権益を守るために、日本のIT化を阻止しようというのである。
もしそんなことが成功したら、それでなくとも世界のIT先進国から周回遅れになっている日本のビジネス環境は発展途上国以下に転落してしまうだろう。
2018年6月のデジタルファースト法の閣議決定後、印章業界は資金を出し合って「全国印章政治連盟」という団体を組織、印鑑の主要生産地の一つである山梨県の中谷真一衆議院議員(自民党)らを使い、官庁に圧力を掛けた。そして実際に審議を止めさせることに成功した。
小選挙区制導入以前の自民党を彷彿(ほうふつ)とさせる、国民の利益を無視した族議員政治の復活である。
ここ数年、こうしたケースが続出している。
一例が民泊規制であり、一例がウーバー規制である。
●「民泊撲滅法」と呼ばれた住宅宿泊事業法
2014年、世界的な民泊ブームを巻き起こしたAirbnb(エアビーアンドビー)が日本でもサービスを開始した。結果、日本でも民泊ビジネスが急成長し、日本国内の宿泊数の11%を占めるなど、折からのインバウンド急増の一端を担う存在となった。
だが急成長する民泊に対し既存の旅館・ホテル業界の反発は強かった。都市住民の間でも、住宅地に外国人旅行者が入ってくることへの不安の声があった。
こうした声を受け2018年6月、「住宅宿泊事業法」が施行された。
住宅宿泊事業法は一般に「民泊新法」と呼ばれていたが、民泊関係者の間では「これでは『民泊撲滅法』だ」と言われていた。
以下に住宅宿泊事業法の条文の一部を抜粋する。
これらの条文にざっと目を通しただけで、この法律の狙いは伺える。
第2条「(前略)人を宿泊させる日数として国土交通省令・厚生労働省令で定めるところにより算定した日数が一年間で百八十日を超えない」
第3条「(前略)届出書には、当該届出に係る住宅の図面、第一項の届出をしようとする者が次条各号のいずれにも該当しないことを誓約する書面その他の国土交通省令・厚生労働省令で定める書類を添付しなければならない」
第5条「(前略)床面積に応じた宿泊者数の制限、定期的な清掃その他の宿泊者の衛生の確保を図るために必要な措置であって厚生労働省令で定めるものを講じなければならない」
第6条「非常用照明器具の設置、避難経路の表示その他の火災その他の災害が発生した場合における宿泊者の安全の確保を図るために必要な措置であって国土交通省令で定めるものを講じなければならない」
第9条「(前略)宿泊者に対し、騒音の防止のために配慮すべき事項その他の届出住宅の周辺地域の生活環境への悪影響の防止に関し必要な事項であって国土交通省令・厚生労働省令で定めるものについて説明しなければならない。(中略)外国人観光旅客である宿泊者に対しては、外国語を用いて前項の規定による説明をしなければならない。」
第11条「届出住宅の居室の数が(中略)国土交通省令・厚生労働省令で定める居室の数を超えるとき」または「届出住宅に人を宿泊させる間、不在(中略)となるとき」には、「業務を(中略)住宅宿泊管理業者に委託しなければならない」
第18条「都道府県(中略)は、(中略)区域を定めて、住宅宿泊事業を実施する期間を制限することができる」
第22条「住宅宿泊管理業を営もうとする者は、国土交通大臣の登録を受けなければならない」「前項の登録は、五年ごとにその更新を受けなければ(中略)効力を失う」「申請書には(中略)国土交通省令で定める書類を添付しなければならない」
●新法が民泊事業者に要求したもの
新法に則って民泊を始めたいなら、まず最初に山のような届出書類に記入し、提出しなければならない。申請手続きはオンライン化されていないので、平日に何度も役所に出かけなければならない。
他の部屋と無線で連動する火災報知設備、避難経路を示すための非常用照明器具などを設置しなくてはならず、また建築士に費用を払って家を調査してもらい、家の図面と、建物が安全であることの証明書を提出しなければならない。
新法によりこれまで年間365日自由に貸し出していた民泊は、年間180日までしか運営ができなくなった。通年営業をするためには民泊ではなく旅館としなければならない。これに違反すれば1年以下の懲役または100万円以下の罰金で、かつ違反後3年間は民泊を再開することができない。
この規制については、政府の「新産業革命と規制・法制改革委員会」の間下直晃委員長も、「単に事業を行いにくくするためのものと思わざるを得ない」と批判している。
新法のもう一つの大きな問題は自治体に「上乗せ規制」の権利を保障したことだった。
この結果、都内の多くの住居専用地域では金曜日午後から日曜日までの週末しか宿泊事業が認められなくなった。これでは海外から来て平日を含め長期滞在する宿泊者が多い民泊の営業は「やめろ」というのに等しい。
新法により人を宿泊させる間、家主が不在となるときは、管理業務を外部の業者に委託しなければならなくなった。
この不在時間は「原則1時間」だという。
客が来ている間、家主は1時間以上、家を空けてはいけないというのだ。
これでは「外部業者に委託しないなら民泊をやってはいけない」というのに等しい。
民泊業務を請け負う外部業者は国土交通大臣の登録を受け、5年ごとに資格を更新しなくてはならない。そして「住宅宿泊管理業を的確に遂行するための必要な体制が整備されていることを証する書類」として不動産の宅建業免許を求められる。つまり不動産業者以外は民泊の管理業務を請け負ってはならないということだ。
なぜ民泊業務を請け負うのに宅建の資格が必要なのか。
新法が施行された当時、それまで民泊をやっていた人の家へは、自治体、警察、消防署からの手紙が送りつけられ、警察官が前の通りをパトロールして違法な民泊が行われていないかチェックした。
自治体はしばしば「ドアが不適格だ」「庭がない」などといった恣意的な理由で申請を拒絶し、さらに「皆様の暮らしの迷惑とならぬよう、十分に配慮して実施いたします。ご不明点等ありましたら、ご連絡をお願いします」と書かれたチラシに家主の名前と住所、電話番号を記し、周囲の全戸に配るよう求めた。
民泊経営者は当時、魔女狩りで狩られる魔女のような気分を味わったという。
新法施行前は日本全国に6万件近くあった民泊施設のほとんどは、現状を無視した新法の規制や煩雑な届出の強制に対応できなかった。新法を施行して1ヶ月の時点で、新法に基づいて申請された民泊施設の数は3000件台に留まっていた。
全民泊の95%が申請をあきらめるか、申請しても受理されなかったのだ。
●海外旅行客を大混乱させた観光庁
このような状況の下で、観光庁は新法施行の2週間前、民泊紹介業最大手のAirbnbに対し、「新法に基づく届出のない部屋の予約をすべてキャンセルするよう」要請した。行政指導である。
Airbnbはその時点で2018年の年末までの間に約15万件の予約を受けていたが、観光庁の指導により全体の95%を占める「違法民泊」を同社のサイトから一斉削除した。この措置は民泊を予約していた観光客に大混乱を巻き起こした。
観光庁の圧力によって予約を突然、取り消された14万人の観光客は、その多くが海外からの若い旅行者であり、ブロガーやSNSに親しんだインフルエンサーを多く含む、最も発信力の高い層だったとみられる。
観光庁はもともと、日本への観光を振興させることを目的に創設された組織である。
「民泊には宿泊施設のない非観光地や地方の小さな村に人を呼び込む力がある」とされる。
地方に増えている空き家などを使った民泊が活用され、これまでまったくいなかった観光客が消費活動を行うようになれば、地域経済の活性化が期待できる。『夜明け前に終わった「日本の民泊産業」の末路(東洋経済オンライン)』によれば、観光に力を入れるフランスでは、人口20万人以下の都市では民泊を全面的に認めているという。
地方の人口減と高齢化に悩む日本も本来、フランスと同じように民泊を利用して地域活性化を図るべきことは明らかだろう。それもまた観光庁に与えられた使命の一つのはずだ。だが実際に観光庁が行ったことは、自らの設立目的に完全に逆行している。
なぜ、そんなことになったのか。
●民泊新法はこうして生まれた
民泊新法の制定に関しては、2015年11月頃より、規制改革会議の「地域活性化ワーキング・グループ」と厚生労働省・観光庁共同主催による「「民泊サービス」のあり方に関する検討会」で並行して議論された。
前者の規制改革会議はもともと民業を圧迫している規制の緩和を推進することを目的とした会議であり、委員も民間企業の役職者が中心であった。こちらの会議では、それまで法的な扱いがはっきりしなかった民泊ビジネスを公認し、これを日本経済の活性化にどう役立てていくか、という方向性で議論が行われた。
ここに圧力を掛けたのが業界団体と族議員である。
「政策形成の場の応酬 : 民泊サービスの規制形成過程を事例として」によれば、ホテル・旅館業界としてはできれば民泊の全面禁止を狙いたかったが、規制改革会議で民泊が地域活性化の一手段として議論されていたことから、それが困難と判断した。
そこで作戦を変え、安全・衛生面での規制を強化して「事実上の民泊禁止」を実現すべく、「全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会」の北原茂樹会長を上記の「「民泊サービス」のあり方に関する検討会」委員として送り込んだ。
北原氏は京都で旅館を経営し、それまでも全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会会長として、自民党観光立国調査会等において民泊公認に対する反対意見を述べたり、宿泊4団体連名による民泊規制の要望書を提出するなどの政治活動を行っている。
「民泊サービス」のあり方に関する検討会は、大学教授など有識者、地方自治体関係者、消費者団体代表などの中立的な立場の委員の他、こうしたホテル旅館業界の代表者、賃貸住宅や不動産業の代表者などの利害関係者が集まり、「いかに民泊を規制するか」という方向で議論が進められた。Airbnbのような民泊紹介企業は委員としての参加は認められず、ヒアリング対象として意見を述べる機会が与えられただけだった。
2016年6月に行われた全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会の全国大会は、さながら「民泊反対決起集会」の様相を呈した。その中心となったのが元衆院議長で1938年生まれの政界の長老の一人である、伊吹文明衆議院議員(自民党)だった。
伊吹議員は厚生労働省とつながりの深い厚生族のドンとして知られるが、北原氏の出身地であり、旅館・ホテルが密集する京都府選出の議員でもある。伊吹議員は上の旅館ホテル業の全国大会において、「規制緩和の前に、まずは不法民泊の取り締まりから始めなくてはならない」として、民泊への規制強化を強く主張したという。
このような旅館・ホテル業界から厚生族議員を経由した政治圧力の結果、「民泊を公認した上で実質的な根絶に追い込む」形の民泊新法が成立したのである。
●大々的な規制緩和を手に入れた旅館・ホテル業界
民泊新法と同時に「旅館・ホテルに関わる改正旅館業法」が施行された。
この改正法では、無許可営業者に対する都道府県知事などによる立ち入り検査の権限を定め、無許可営業の罰金の上限額を3万円から100万円に引き上げるなど、許可を得ていない宿泊業者への罰則を大幅に強化する一方、既に許可を得ている旅館・ホテル業に対しては、それまで旅館で5室だった最低客室数の基準を撤廃し、1室からでも営業可能とする、客室、浴室、便所、採光・照明など構造設備の要件を緩和、寸法などの規定の多くを撤廃、玄関帳場・フロントを設置しないことも認めるなど、大幅な規制緩和となっている。これらの具体的基準は厚生労働省が通知した「旅館業における衛生等管理要領」に規定されている。
この改正旅館業法と民泊新法の施行と同じ2018年6月、北原氏は日本旅館協会の新会長に就任した。
民泊新法により民泊を根絶一歩手前まで追い込み、かつ旅館業法の大々的な規制緩和を実現させた功績を、同業者に広く認められたということだろう。
●共産主義的規制の「道路運送法」
タクシー業界はもともと運輸省の厳重な規制下に置かれていた時代が長く、族議員とは歴史的につながりが深い。
規制の発端は戦後の1951年に制定された「道路運送法」である。
この法律では、
「他人の需要に応じ、有償で、自動車を使用して旅客を運送する事業(第2条)」を行うには、「国土交通大臣の許可を受けなければならない(第4条)」
と定められた。この道路運送法の制定後、一般人が有償で人を車に乗せて運ぶこと、いわゆる「白タク」は一切禁じられた。
「規制緩和と利益団体政治の変容」という論文によれば、この当時のタクシー業界では、運輸省によって市町村ごとにタクシーの供給台数が定められ、事業者に対する最低保有台数が規定される一方、新規事業者の参入はもちろん、既に営業中の事業者の増車も制限されていた。運賃は運輸大臣による認可制とされ、原価に適正な利潤を加える「総括原価方式」で定められていた。原則は「同一地域同一運賃」であり、運輸省が全国を数十のブロックに分け、そのブロック内では同一の運賃しか認可しなかった。
このような共産主義的ともいえる硬直した規制に対する批判は、1970年代からあった。
1982年には京都のエムケイタクシーが運賃値下げを表明したが、大阪陸運局がこれを認めず、訴訟となり、85年大阪地裁判決がエムケイタクシーの主張を認めるという事件が発生。以後、80年代後半から90年代にかけ、タクシー業界の規制に対しては臨調などでたびたび緩和が提言されるようになる。
こうした規制緩和の動きは自民党「タクシー・ハイヤー議員連盟」と関係が深い業界団体「社団法人全国乗用自動車連合会(全乗連)」や、社会党とのつながりの深い「全国自動車交通労働組合連合会(全自交労連)」などの活動によって、ことごとく潰されてきた。
だが規制緩和を求める声は90年代に入ると次第に強くなり、ついに2000年に至り、運輸政策審議会の答申に基づいて道路運送法が改正され、タクシー事業への新規参入や既存事業者の増車が原則として自由化された。
●規制緩和から規制再強化へ
改正道路運送法が2002年から施行されると、三大都市圏では事業者間の競争が激化し、初乗りワンコイン、遠距離割引、定額運賃、定期券など多様な運賃形態が現れた。
一方で台数増によるタクシー運転手の賃金低下、長時間労働による事故の増加といったマイナスも目立ち始めた。
この状況に対し、全乗連では2006年にはタクシー事業への規制強化を求める決議を行い、冬柴鉄三国土交通大臣(当時)に規制緩和見直しの要望書を提出、自民党タクシー・ハイヤー議員連盟に対しても要望を行った。この時期には二階俊博元運輸大臣、石原伸晃元国交大臣など、国土交通省と関連の深い自民党議員を中心に個別議員に対しても献金攻勢をかけている。
こうしたロビイング活動の結果、国交省は2007年には仙台市を「緊急調整地域」に、他6地域を「特定特別監視地域」に指定し、新規参入と増車を制限することを決定。
2009年には「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法(タクシー適正化・活性化特別措置法)」が成立、同年中に施行された。
この法律では運賃審査が厳格化された他、国交省が「タクシーが供給過剰」と判断した地域を「特定地域」に指定、新規参入や増車を制限し、タクシー事業の適正化のための地域計画を作成することが定められた。
2013年には議員立法により同法が改正(2013年特措法)され、同法の適用対象(タクシーが供給過剰とされた地域)では「公定幅運賃」を下回る運賃は認可されなくなり、指導に従わなければ車両の使用停止や事業許可の取り消しという罰則が課されることとなった。
この2013年特措法でターゲットとなったのは、2002年からの規制緩和で登場した格安タクシー会社だった。
国土交通省近畿運輸局は特措法施行後の2014年4月、「公定幅運賃」より割安の運賃を申請していたエムケイタクシーなど23社に対し、「国の定めた運賃額を下回る」として運賃是正勧告を出している。同様の勧告が全国の運輸局で行われた。
この法律は規制緩和後に登場した格安タクシー事業者を「叩きつぶす」ため、既存のタクシー事業者が政治家に働きかけて成立させたものなのだ。
タクシー料金が安くなること、あるいは料金の選択肢が増えることを喜ばない利用者はいない。自民党タクシー・ハイヤー議員連盟による2013年特措法の制定は、明らかにタクシー業界の利益を守るために日本国民の利益を犠牲にしたものであり、族議員政治の典型といえるだろう。
●警察にライドシェアを取り締まらせるタクシー業界
道路運送法の規定は、ウーバーやリフトに代表されるライドシェアビジネスが日本で展開されることを阻害してきた。
この法律は、一般人が自家用車で他人を運び、代金をもらうことを違法としている。やるなら二種免許を取得し、国土交通大臣の認可を受けなくてはならないというのだ。
このため欧米はもちろんアジア各国でも今や市民の日常の足となってきたライドシェアは、一部の過疎地を除いて日本では存在していない。
一方で2017年頃から、主に中国人観光客を対象にした在日中国人によるライドシェアが、「違法白タク」として日本各地で摘発されている。
「「ライドシェア先進国となった中国」と日本の事情を徹底比較 訪日観光客に浸透する日本人が知らない越境白タクとは?」という記事によれば、中国では既に2016年、ライドシェアを正式に認め、個人がライドシェア営業をするための許可証を自治体が発行するようになっている。
もともと中国ではタクシーが捕まえにくく、かといって白タクはぼったくりの温床だった。このためスマホで車を呼び寄せ、予め目的地までの料金を決めた上で利用でき、支払いもスマホで済ませられるライドシェアは、その便利さと安心さでスマートフォンの普及とともに市民にとって欠かせないサービスとなった。
彼らは海外で旅行する際も、「滴滴出行(DiDi)」など中国でいつも使っているライドシェアアプリを使って、外国での移動をライドシェアで予約する。
その便利さは圧倒的だ。
使い慣れたアプリを使って国内から海外現地の車を予約し、空港まで指定時間に迎えに来てもらえる。料金は前もって決めておくので足元を見られる心配はないし、支払いはスマホだけで済ませられる。やってくるのは現地に住む中国人なので、母国語で話せ、現地の見どころやお勧めの店などの情報も聞ける。
日本人でも海外で同じことができるなら、すぐにでも使おうと思うだろう。
彼ら中国人旅行客はちゃんとお金を払ってサービスを提供してもらっているだけで、誰にも迷惑はかけていない。しかもそのサービスは、他の方法では受けることができないものなのだ。日本のタクシー会社には中国人の客に中国人のドライバーを迎えに行かせる能力などないし、中国国内の旅行客と予め日時と料金を決めて予約契約し、配車する能力もない。
インバウンドで国内経済を活性化しようとしている今、海外からの旅行客にとって比べようもないほど有用なライドシェアサービスを違法行為として検挙するなど、馬鹿げたこととしか言いようがない。
それを警察にやらせているのがタクシー業界であり、献金をもらって業界の走狗となっている族議員なのである。
●過疎地の高齢者のためであっても猛反対
2019年3月、総理大臣官邸で開催された未来投資会議において、安倍首相は「道路運送法を改正し、所有する自動車で有料で客を運ぶライドシェアの活用拡大に取り組む方針」を示したという。
報道によれば、安倍首相の発言は「過疎地で高齢者の足を確保しなければ」という趣旨で行われたものだったようだ。
日本でも公共交通機関のない過疎地では例外的に、ウーバーのスマートフォンアプリを使ったライドシェアが認められている。
「公共交通空白地有償運送制度」と呼ばれ、市町村やNPO法人が主体となり、住民の日常を支える目的で運行されているものだ。
しかしこの制度は専門の運行管理責任者を任命しなければならないなど制限がきびしいため、実例としては京都府の京丹後市に導入されている「ささえ合い交通」や北海道の中頓別町の「なかとんべつライドシェア」があるくらいで、ほとんど普及していない。
そこで「制度の運用を柔軟にして、より多くの過疎地で利用を広げていこう」と述べたものらしい。
至極まっとうな意見と言える。
ところがこの首相発言が報道されたとたん、タクシー業界が反対の声を上げ始めた。全自交労連は東京都内でライドシェア解禁反対を訴えるデモまで開いたという。
たとえ過疎地の高齢者の生活を支えるためであっても、ライドシェアの拡大など認められないというのだ。
タクシー業界は自分たちの利益しか頭にないのだろうか。
●政治の機能不全と政治家の質の劣化
平成がIT化の時代であったとすれば、令和はおそらくAI化の時代になるだろう。
昭和時代に中心的であった垂直統合モデルが平成になってその力を失い、付加価値が製造物からビジネスモデルや企画といった知的財産に移行したように、世界の産業構造は令和の時代にも確実に大きく変化する。
平成の30年間、日本は時代の変化についていくことができず、世界における存在感を大きく低下させてしまった。政府はその反省の上に立って、今後の日本の産業が時代の変化に遅れることなく、むしろ世界の変化をリードしていくよう、率先して範を示す責務がある。しかし上で見てきた三つの事例はどれも、その真逆としか言いようがない。
民泊やライドシェアは東南アジアなどでも日常的に行われている、世界的には常識のサービスである。シェアビジネスという世界の新しい流れに、日本だけが取り残されている。それは旅館やタクシー業界など既得権益を持つ企業が、ビジネスの土俵で戦うのではなく政治を使って新興企業を締め出そうとし、献金を受けた政治家がそうした業界と結託して、新法を作ってニュービジネス叩きに励んでいるためだ。そのどちらにも「国益」という言葉は存在しないかのように見える。
こうした族議員政治はかつての自民長期政権時代には一般的だったが、新進党や民主党が政権を奪った時代には見られなかったし、自民党でも小泉政権時代には見られなかったものだ。
驚くのはタクシーや旅館といった産業規模の大きな業界だけでなく、印章製造のようなマイナーな産業ですら、日本のIT化を進めようとする政府の方針を簡単に覆してしまえるほど、族議員の影響力が強まっていることだ。
印章業界が印章の使用を続けさせるために官民の業務のオンライン化を止めさせようとすることは、誰が考えても無理筋である。そんなことに政治資金を使うぐらいなら、IT化が進んだ将来に業界としてどう対応して生き残りを図るのか議論を尽くすほうが、はるかに建設的だろう。
このような時代の進歩を止めようとするがごとき政治活動は、官も民もこぞって欧米先進国のキャッチアップに必死であった明治時代や昭和時代には、おそらく「たしなめられて終わり」の類のものだった。
時代錯誤な業界エゴがやすやすとまかり通ってしまう現状は、日本の政治の機能不全と政治家の質の劣化を端的に示している。
政治家が国益を無視した族議員活動を続けていられるのは、自民一強、安倍一強という無風に近い政治状況あってのことだろう。
筆者は安倍政権の政治方針には概ね賛同するし、長期安定政権ゆえのメリットが少なくないことも認めるが、第二次安倍内閣成立から7年目に入り、長期政権ゆえのデメリットも見過ごせないレベルに高まりつつあると危惧している。
我々有権者は、そろそろ次の政治の選択肢を考えるべき時期に来ているのではないだろうか。