なぜ成年後見監督人を強制されなければならないのか(後編)

(承前 「なぜ成年後見監督人を強制されなければならないのか(前編)」より)

●終焉を迎えた過払い請求

最高裁判決をきっかけに多発した過払い請求の実態は、「法曹関係者による法曹界への利益誘導」の先駆けというべきものだった。それは数が増えすぎて仕事にあぶれていた弁護士や、直前の司法改革で過払い請求訴訟の代理権を得た司法書士にとって、「棚からぼた餅」のおいしい経験であったろう。
筆者はこのときの法曹界の「過払い請求バブル体験」が、後の後見監督人制度の伏線となったのではないかと感じている。

貸金業協会の統計資料によれば、2006年に始まった過払い請求は、2008年にピークを迎え、2009年以降は漸減していった。2014年頃になると、まだ年間数千億円規模とはいえ、ピークの数分の一にまで減少している。
貸金業者にしてみれば、ようやくまともな経営ができる状態になってきたわけだが、弁護士や司法書士にとってそれは、これまでの「飯のタネ」が無くなってしまうことを意味する、由々しき問題だった。
過払い請求が減ってきた2013~14年にかけ、これまで過払い請求の代理で潤っていた法曹界に、強い焦燥感が漂い始めたであろうことは、想像に難くない。
法曹界が過払い請求バブルで浮かれていた間にも、弁護士の数はますます増えていたから、早急に過払い請求に代わる収入源を見つけないと、これまでの生活レベルを維持できない事態になってしまう。
弁護士・司法書士共通の新たな飯のタネとして、過払い請求と同様、単価は低くとも手間いらずで数がこなせる仕事が求められた。
そこに2014年以降、後見監督人が裁判所の職権によって選任されるケースが急増している、本当の理由がある。

●専門職成年後見人報酬額の確定

民法には以前から規定があったものの、認知症の高齢者を対象とする成年後見人制度が本格的に始まったのは、介護制度が整備されたのとほぼ同時の2000年前後である。
制度開始当初は成年後見人には主として被後見人の親族が選任され、「専門職後見人」と呼ばれた弁護士や司法書士が後見人として選任されるのは、親族に適当な人がいない場合に限られていた。まして成年後見監督人が選任される例はごくわずかだった。
この時期、弁護士たちは後見人に選任されることを忌避していた。それは成年後見人の業務が煩雑である割に、見込める報酬が少なかったからだ。

00年代においては、成年後見人の報酬額に明確な基準はなく、家庭裁判所の裁量により本人の財産に応じて決められるという状況だった。裁判官によって報酬額に違いがあったり、本人に資産がない場合には報酬が支払われないこともあった。
結果、成年後見人のなり手が不足してしまったため、2010年、家庭裁判所が専門職後見人の報酬算定基準を作成し、以後はそれが基準となった。
その額は、基本報酬が月額2万円、被後見人の財産が多い場合には、月額3~6万円である。

●後見事務の簡素化と専門職後見人の激増

2006年に母の成年後見人となった筆者の経験からすると、成年後見人が行うべき作業の量は選任された当初は非常に多く、大変だ。だがいったん財産目録を作成し、あちこちの銀行に分かれていた預金等を集約すると、以後は年1回、家庭裁判所に状況報告するだけになり、格段に楽になる。
それでももし被後見人が自宅で生活していると、さまざまな生活費や医療費を個別にまとめる作業が面倒だが、特別養護施設や有料老人ホームなどの介護施設に入居してしまえば、生活費も医療費も介護費も施設から一括して請求され、それも自動的に預金口座から引き落としされるので、報告作業はさらに楽になる。

専門職後見人の報酬が決められたのと同じ2010年頃から、後見業務の大幅な簡素化も図られた。それまでは額に関わらず全てコピーを提出しなければいけなかった領収書類も、10万円以上の買い物だけでよくなり、格段に報告の手間が減った。おそらくこちらも専門職後見人に配慮した措置であろう。

現在では報告内容はさらに簡素化され、毎年の報告書は1日あれば作成できるようになっている。
ここまで簡素化されると専門職後見人の仕事、特に月に6万円もの高額の報酬をもらえる資産家の成年後見人は、司法書士はもちろん弁護士にとっても「おいしい仕事」になってくる。
認知症の高齢者は自分で買い物はできない。出費は生活費、医療費、介護費のみ。つまり財産が多かろうと少なかろうと、財産管理にかかる手間は変わらない。大変なのは財産目録を作る最初の1か月だけで、後はもう「濡れ手に泡」で金が入ってくるといってよい。いくらでも数をこなすことができる。

この結果、2010年を境に専門職後見人の数が急増していく。

2010年には司法書士の成年後見人が前年比27%増、弁護士は同24%増、社会福祉士は同23%増と、驚くほどの増加をみせている。この傾向はその後も続き、2001年には親族が90%以上を占めていた後見人の構成も、2013年には専門職後見人が過半数を占めるまでになった。
この記事を書いている2018年時点では、たとえ親族が自ら後見人として申請した場合でも、裁判所はそれを無視して弁護士・司法書士などの専門職後見人を選任することが普通になっている。もはや親族が成年後見人として選任されることはほとんどないという。
成年後見人は法曹関係者の「仕事」として確立されたのである。

●後見制度ビジネスの莫大な潜在市場

2015年時点での後見制度の利用者の数は、後見人、補助人、保佐人合わせて18万人以上に増えていた。このうち5割が専門職後見人で、報酬の平均が年額30万円として計算すると、1年で270億円以上の収入が司法書士・弁護士を中心とする専門職後見人に入った計算になる。
少なくない額ではあるが、それでもこの金額は、ピーク時の過払い請求による法曹界の収入の10分の1程度でしかない。
しかし法曹界から見れば、現状はほんの序の口。
2000年の制度開始以降、右肩上がりで増えてきた成年後見制度の利用者だが、それでも2014年年末時点で18万人に留まっている。
成年後見が必要とされる認知障害を持った高齢者の数は、日本全体で800万~1000万人にも上ると見られる。現在の利用者数は、潜在的利用者数のわずか2%程度にすぎないのだ。
この利用率が仮に20%まで増えてくれば、法曹界には今の10倍、過払い請求のピークであった2008年に匹敵する、巨額の手数料収入が入ってくることになる。過払い請求に代わる新たな法曹関係者の収入源として、これほど有望なマーケットは他にない。

●後見制度利用率の低迷と法曹界の焦燥

もし順調に後見制度の利用者が増え、専門職後見人の数も増えていったなら、法曹界にとっては何も言うことはなかっただろう。
ところが法曹界にとっては問題なことに、2013年以降になってそれまでのトレンドに変化が表れた。
新規の成年後見人の申請が減り始めたのだ。

2012年に3万4689件だった成年後見の新規申立数は、2013年に3万4548件、2014年に3万4373件と、わずかずつ減っている。
理由ははっきりしないが、おそらくこの制度の使いにくさや、かなり費用がかかること、また専門職後見人による横領事件の多発等が報道を通じて知られてきたため、認知障害を持つ高齢者の家族の中で成年後見を申し立てようと考える人の割合が減ってきたのだろう。
急速な制度利用者の増加を望む法曹界にとっては、なんとも歯がゆい状況といえる。
「専門職後見人の自然増だけには頼っていられない。なんとかこの新市場を拡大し、新たな収入源を早急に育てなければ」
そう考える法曹界からの強い圧力が、家庭裁判所による後見監督人制度の拡充を促進する大きな力となったものと思われる。

裁判所側にとっても、後見監督人制度の拡大は大きなメリットがある。
第一に「事務作業を減らせ」、第二に「責任も減らせる」からだ。
成年後見制度が実質的に始まった2000年、年間4000件弱だった制度の申立数は、2009年には2万4000件に達し、2012年以降は3万4000件台となっている。新規の申立数が頭打ちになってきたといっても、トータルの利用者数はその後も毎年増え続けている。
家裁にしてみれば新規の申し立てをさばくだけでも大変なのに、いったん利用が始まれば被後見人が亡くなるまで毎年、事務報告をチェックしなければならない。限られた数しかいない事務官の人員で増え続ける成年後見制度利用者を監督し続けるのは、作業量的に無理がある。
「このままでは早晩、限界に達する」という危機意識が家裁にあったことは、想像に難くない。
事務官の作業量の増加に対しては本来、人員の増加で対応すべきである。しかし財政難の政府は予算の拡大を伴う増員を簡単には認めない。

続発する後見人による横領事件も、家庭裁判所にとって頭の痛い問題である。
制度上、後見人の不正に対しては裁判所がチェックする立場にある。後見人が横領を行った場合、裁判所も監督責任を問われてしまうのだ。
とりわけ弁護士など専門職後見人が横領を行った場合、後見人を選任したのは裁判所であるから、選任についての責任も問われることになる。
しかし成年後見監督人を任命し、後見人の監督をそちらに任せれば、毎年の事務報告チェック作業を裁判所の外に丸投げし、事務官の負担を減らすことができる。
しかも後見人が不正を行った場合も、「後見人の監督の責任は監督人にあった」として、裁判所は責任逃れができるのだ。

このような裁判所の発想は本来、後見監督人制度の趣旨に反するものである。
後見監督人制度拡充にあたっての家裁の大義名分も、「成年後見人による横領が多発しているため、従来通りの裁判所による監督に加え、新たに民間法曹関係者による監督人をつけて、ダブルチェックにより監督を強化する」ことにあったはずだ。

●家庭裁判所と法曹界の利害の一致

現実問題として後見監督人制度は機能していない
2013年に奈良県で、後見監督人をつけていたにも関わらず、後見人の親族により7400万円もの資産が横領されたという事件が起きている。
この事件では、監督人となった弁護士は「選任後の3年間、財産状況の調査を一切しなかった」とされる。弁護士側は「選任した家裁から具体的な指示はなく、家裁が親族に報告を求めていると認識していた」と主張している。
裁判所は監督人をつけたことで、それまでしていた監督をやめてしまった。
一方弁護士は、裁判所から何も指示がなかったので、何もしなかった。
結果的に監督なしの状態になってしまったため、横領が起きたわけである。
これに対して裁判所は、「後見監督人という立場の趣旨を理解し、自らの判断で監督すべきだった」とし、監督人の弁護士に賠償を命じた。
ダブルチェックという制度の趣旨から考えれば、裁判所自身にも監督義務はあったはずだが、それについては無視されている。

筆者は先年、日本の法曹界の事情にくわしい、武蔵野学院大学の平塚俊樹・客員教授(当時)に別件で取材する機会があり、成年後見監督人の現状について質問させていただいた。
平塚教授は「いったん後見監督人を選任すると、後見人からの報告書のチェックは監督人任せとなり、裁判所の関与はほとんどなくなってしまうのが実情です」と話されていた。
裁判所は「事務照会書」に自ら記した建前とは裏腹に、「監督人をつけたら、あとは自分たちは関係はない」と考えているのである。
上の判決は家庭裁判所にとって後見監督人の選任とは、「事務作業の丸投げ、監督責任の放棄」であることを如実に示す事例といえる。

ともあれ消費者金融に代わる新たな収入源を探す弁護士・司法書士業界と、事務作業を減らし監督責任を投げ出したい家庭裁判所側の利害は、ここにおいて一致した。

●癒着する家庭裁判所と弁護士、司法書士

2014年以降に一般化した「一定以上の財産を持つ被後見人には、後見人以外に後見監督人を選任する」という家庭裁判所の決定の過程は、きわめて不透明かつ恣意的なものだ。
「一定の財産」が具体的に「いくら」なのかは、説明がない。
なぜ一定の財産がある被後見人に監督人が必要である一方、そうでない被後見人には必要でないのか、それについても説明はない。
どのような経緯でこうした決定が行なわれたのかについても、一切の説明がない。
最もおかしいのは、親族後見人だけでなく弁護士・司法書士を含む専門職後見人にも横領が多発し、それが大きな要因となって推進されている制度であるのに、その後見人を監督するために、現に問題を起こしている弁護士や司法書士が選任されるという制度のあり方である。
これでは犯罪行為を重ねている法曹関係者たちの「焼け太り」としか言いようがない。

家庭裁判所が後見監督人を任用することにより、被後見人の資産情報は、数多くの横領事件を引き起こしている弁護士・司法書士らに自動的に開示されることになる。
認知障害の高齢者の資産こそ、食い尽くされて残り少なくなってきた消費者金融に代わる、法曹関係者の次の狙いなのである。
何の必要性もない監督人を裁判所が一方的に選任し、被後見人の資産から月額数万円の報酬を支払うことを強要し、同時に自らの後見人監督業務を実質的に停止してしまうことは、法によって定められた監督責任の放棄であると同時に、認知障害により自らは抗弁不能となっている被後見人に対する、財産権の侵害にほかならない。

●「恐怖法治国家」と化しつつある日本

家庭裁判所は職権によって手に入れた認知障害の高齢者の資産情報の中から、多額の資産を所有する対象に目をつけ、「後見人の横領を防ぐ」という名目をつけて、その資産の一部を身内である法曹関係者に分配しようとしている。
筆者はこのような非道に抵抗することこそ、成年後見人に課せられた義務であると考える。
なぜなら成年後見人の職務とは、自ら意思を表明することができない被後見人に代わってその財産を守ることだからだ。

筆者は裁判所書記官からの呼び出しに対し、
「こちらから監督人の報酬支払いに同意することはない。呼び出すのならあなたの顔写真を撮らせていただき、私のブログに事情の説明とともに掲載させていただきたい」
と返答した。
その後、裁判所からの連絡は途絶えた。
以後3年間、この問題について裁判所から指示は受けていない。
もし2014年に監督人を受け入れていた場合、母の財産から支払われていたはずの報酬は今日までで総額100万円を上回り、以後も毎年発生していたはずだ。

今回はなんとか押し返せたが、成年後見人一人の力など、裁判所と弁護士・司法書士らが手を組んだ「法曹複合体」ともいうべき相手に対して、微々たるものでしかない。
仮にこの文章を読んでいるあなたが親族成年後見人だとして、「一方的な後見監督人の選任は不当である」として、裁判に訴えたとしよう。
その裁判であなたが勝つ確率は、万に一つもない。裁判に関わる全ての人間、裁判官、弁護士、書記官、事務官の全員が、あなたの敵なのだから。

法治国家である日本で、裏で手を組んだ法曹複合体を敵に回すことの恐ろしさを考えると、背筋が寒くなる。いったい日本はいつからこのような、恐怖政治ならぬ「恐怖法治」の国になってしまったのだろうか。
今のそら恐ろしい現状を変えるためには、我々一人ひとりが正義のために声を上げ、同じ思いを持つ人々を糾合し、世論を動かしていくしかない。

もしあなたが今、親族後見人であったなら、「上申書」「回答書」といった名称で家庭裁判所から送られてくる「成年後見監督人選任を了承する」と「後見制度支援信託制度の利用を希望する」という二つの選択肢しかない文書には、決してチェックを入れてはならない。
「成年後見監督人の選任は承認しない」と付記した上で、空欄のまま送り返すべきである。
成年後見人は被後見人の財産管理権を持っており、あなたの承諾がなければ裁判所も監督人の報酬を被後見人の口座から引き落とすことはできない。
返送の際は本記事と、「成年後見人の申し立ては、慎重の上にも慎重に」の記事の内容をコピーして添えるとよいだろう。
それでも呼び出しがかかってくるようであれば、「成年後見人の申し立ては、慎重の上にも慎重に」で紹介している「後見の杜」に、ホームページの問い合わせ欄(トップページの下のほうにある)から相談することをお勧めする。

家裁が成年後見監督人を選任しようと考えるだけの資産を持つ被後見人に対して、親族後見人であるあなたが現に選任されていることは、今の日本ではめったにない幸運である。
どうかその立場を生かして、被後見人の資産を法曹界の魔の手から守ってあげてほしい。
本記事が、少しでもその助けとなれば幸いである。

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