目次
●カリスマ投資家の懸念
ウォーレン・バフェットやジョージ・ソロスと並んで世界で最も著名な投資家の一人であるジム・ロジャーズ氏は、2019年1月に上梓された著書『お金の流れで読む 日本と世界の未来 世界的投資家は予見する (PHP新書) 』の中で、日本政府の財政危機を次のように憂(うれ)いている。
(日本政府は)借金を返すために公債を発行し、その借金を返済するためにまた公債を発行──と、どうしようもない悪循環に陥っている。借金の返済には、若者や子どもたちの世代が将来大人になったときの税収などが充てられる。将来世代へと負担を押しつけ続けていることになるのだ。
債務が大きい国は、つねにひどい姿になって終焉する──。こういうことは、すべて歴史が教えてくれる。
だから、日本の将来を危惧しなければならない。私自身、心から案じている。
(中略)
もし私が10歳の日本人だったとしたら、日本を離れて他国に移住することを考えるだろう。30年後、自分が40歳になった頃には、日本の借金はいま以上に膨れ上がって目も当てられない状況になっている。いったい誰が返すのか──国民以外、尻拭いをする者はいない。
(『東洋経済オンライン』より)
ロジャース氏はこれまでもアジア、特に中国の台頭を予言して自らシンガポールに移住して子どもたちに中国語を習わせたり、リーマンショックを予言して株を空売りして儲けたりといった、世界経済についての神がかり的な洞察力で知られる。
その世界的投資家が「日本政府の借金は腰を抜かすほどひどい」と指摘、そのために日本は「ひどい姿になって終焉する」と予想しているのだ。
カリスマ投資家からこんな話を聞かされたら、この先も日本に住み続ける予定の日本人なら誰でも不安にならざるを得ないだろう。
日本はそれほど危ないのだろうか。
未来の財政破綻を回避するために、我々日本人は何をしなければならないのだろうか。
●安倍内閣の漸進的財政再建方針
2018年12月に発表された平成31年度予算では、政府の歳出総額101兆円に対して税収は62兆円、その他収入と合わせても69兆円と歳出の7割弱となっており、残り32兆円が財政赤字で、この分を国債発行(つまり借金)でまかなう予定となっている。
政府はその後、2019年1月に恒例の「中長期の経済財政に関する試算」を発表し、
1. 2025年度の国・地方を合わせた基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化
2. 債務残高対GDP比の安定的な引下げ」
をめざす、とした。
プライマリーバランスとは、歳出から国債の償還費と利払い費からなる「国債費」を除き、歳入から「国債収入」を除いた上で、歳入と歳出を比較したものだ。
平成31年度予算でいえば、除外した国債費は23兆円、国債収入は32兆円。
この差がそのままプライマリーバランスの赤字になる。
財政赤字が32兆円あるのに対し、プライマリーバランスは9兆円の赤字に留まっている。
財政収支とプライマリーバランスとで23兆円も差があることからわかるように、プライマリーバランスが黒字化したからといって、財政収支が黒字になるわけではない。
財政収支が赤字のままなら、累積債務の絶対額は増え続ける。
ただ財政学上、プライマリーバランスが黒字になれば、債務額の対GDP比は下がってゆくとされている。
それが安倍政権の目標なのだ。
ロジャース氏も指摘するように日本政府の累積債務はバブル崩壊後増え続け、今や金額ではアメリカに次ぎ、GDP比では先進国で突出した規模に膨れ上がっているが、安倍政権は政府の累積債務解消にはさほど熱心ではないことがわかる。
実は筆者もその姿勢に賛成である。むしろ「今の日本で財政の黒字化はめざすべきではない」と考えている。
本記事は筆者が、世界的投資家の憂慮にも関わらず、現在(2019年度)の安倍政権における漸進的な財政再建方針を「支持する」という話なのだ。
以下ではその理由を説明していきたい。
●過去20年の日本の経済政策
筆者は経済ライターとして過去20年以上、マクロ経済関連の記事を書いている。
マクロ経済で扱うのは主に政府の財政政策と中央銀行(日本では日銀)の金融政策である。一般の人にはなじみがなく、書き手も少ない。ジャーナリストでマクロ経済について書いているのは、大手メディアで財務省を担当していた(もしくは、している)人たちぐらいだ。
筆者も90年代までは大蔵省(当時はまだ財務省ではなかった)や同省OBのエコノミストに取材することが多かった。
バブル崩壊後の財政出動によって90年代半ばには巨額の累積赤字が財政に積み上がっており、それに対する関係者の危機感は強かった。
筆者ももっぱら「日本の未来を考えれば、一時的に生活が苦しくなっても、今、財政を再建しなければならない」という趣旨の、大蔵省寄りの記事を書いており、自分でも心からそう信じていた。
しかし90年代後半、財政再建を志した橋本政権による消費税増税をきっかけに、景気が暗転。それが大手金融機関が次々と経営破綻する金融危機に至ってからは、財政再建派は戦犯扱いされるようになり、めっきり発言が減ってしまった。
2001年に小泉政権が誕生すると、金融経済政策について小泉首相の指南役であった竹中平蔵氏が経済財政政策担当大臣に抜擢された。
竹中氏は小泉政権で入閣するまで東京財団というシンクタンクの理事長を務めており、筆者も同財団が刊行する政策提言本の製作を手伝ったりしていた。
小泉政権では竹中大臣の指揮の下、金融危機への取り組みが進んだ。金融危機克服のめどがついたあたりから、政権内では日銀に対して緩和的な金融政策を求める声が強くなっていく。
緩和的な金融政策とは具体的には、
「日銀が銀行間の短期取引市場に資金を供給することで短期金利を可能な限りゼロに近づける(ゼロ金利政策)」
「証券市場において日銀が積極的に国債を買い取って金融機関に資金を供給する(量的緩和政策)」
ことを意味する。
この頃「インフレターゲット政策」という言葉も知られるようになった。これは、
「経済の活性化のためには物価が適度に上昇している(おおむね2%程度)ことが望ましく、中央銀行は物価上昇(インフレ)率を金融政策の第一の指標とすべきである」
という考え方のこと。
インフレターゲット論者は「日本以外の先進国では既にインフレターゲットが主流となっている」と日銀の政策指標への採用を主張したが、これは日銀・財務省の伝統的な金融政策の変更を迫るものだったので、激しい議論を巻き起こした。
インフレターゲット政策とともに注目を集めたのが、「リフレ政策」である。
金融危機が起きた90年代後半から日本の景気は長期にわたり低迷し、「失われた10年(後には20年)」と呼ばれた。
不景気を反映して物価上昇率も0またはマイナスという年が続いた。物価が上がらない、もしくは下がっていくことをデフレ(デフレーション)という。
リフレとは「リフレーション(Reflation)」の略で、「デフレからの脱出」を意味する。
一般には「不景気の結果」と考えられていたデフレを、「景気が活性化しない原因」と捉え、「デフレをインフレに変えることで景気もよくなる」と説く。
2006年に日本の日銀総裁に相当するアメリカのFRB(米連邦準備制度理事会)議長となった、ベン・バーナンキ氏の持論として知られる。
リフレを実現する手段は、
「中央銀行が市場に大量の資金を供給すること」
「中央銀行がインフレターゲットを設定し、その実現にコミットメントする(責任を持つ)こと」
である。
リフレとインフレターゲットは表裏一体なのだ。
この時期は筆者が取材する対象ももっぱら日銀批判派になり、事あるごとに「日本経済を救うにはリフレしかない」「日銀はインフレターゲット政策の採用を真剣に考慮すべきである」という趣旨の記事を書いていた。
政治の世界でも2012年の総選挙で政権を奪い返した自民党の安倍晋三首相が「大胆な金融政策」という言い方でリフレ路線を掲げた。
この発言は世界的な注目を集め、政権獲得前の選挙期間中から海外から多額の投資資金が流入してきて、株価や地価が急上昇し始めた。為替市場でも円安が一気に進行していく。
その後、第二次安倍政権が発足し、2013年にリフレ派の黒田東彦(はるひこ)氏を日銀総裁に選任。日銀はインフレターゲットを採用し、その達成のために「異次元」と呼ばれた大胆な金融緩和を開始した。
2014年の消費税増税後に一時的なマイナス成長があったものの、日銀の異次元緩和により、株価と地価はその後の数年間、上昇を続けた。円安も定着し、これらが経済の追い風となって企業の業績は改善に向かった。
折からの団塊世代の大量退職もあって全国的な人手不足が起き、就職市場は売り手市場に転じた。
リフレ派の予測に反して物価上昇率は何年たっても一向に日銀の目標に届く気配がなかったが、経済は明らかに民主党政権時代に比べて活性化し、安倍政権の支持率も高止まりしている。
メディアも安倍政権の経済政策を支持する声ばかりとなり、金融政策についての議論もあまり見られなくなった。
筆者も第二次安倍政権誕生以降はほぼ100%、浜田宏一氏、高橋洋一氏、藤井聡氏といったリフレ派の論客を取材し、記事を書くことになった。
いずれも頭脳明晰、論理明快な方たちで、おかげで個人的にもすっかり洗脳され、財務省寄りの財政再建派から、量的緩和擁護・財政再建慎重派に転向することになった。
●政府の巨額累積債務はなぜ経済に悪影響を与えていないのか
財務省は例年、「我が国の1970年以降の長期債務残高の推移」を発表している。
1970年度に合わせて7兆円でGDPの10%だった国及び地方の長期債務残高は、1980年度に118兆円で48%、1990年度に266兆円で59%、2000年度に646兆円で122%と金額でもGDP比でも増え続け、2018年度末には予算ベースで1107兆円に達すると予測されている。2018年度のGDPを概算で553兆円と予測すると、GDP比200%となる計算だ。
同じく財務省のサイトにある「債務残高の国際比較(対GDP比)」によれば、上の長期債務に短期債務を加えると額はさらに増えて約1300兆円、GDP比で236%となる。この割合は財政破綻が心配されているイタリア(政府の累積債務のGDP比130%)より100%以上高い。
一般に一国の財政状態が悪化すると、財政の信用力が下がり、国が市場から借金する際の調達金利すなわち国債の利回りが上昇するとされている。
だが日本はそれに当てはまらない。
国債金利の基準となる10年物国債の市場利回りをこの記事の執筆時点で比較すると、日本はなんとマイナス0.039%(2019年2月21日午前)であり、イタリアの2.895%はもちろん、アメリカの2.648%、堅実財政で知られるドイツの0.100%と比べてもはるかに低く収まっている(「インベスティング・ドットコム」)。
財政が悪化した場合にもう一つ問題となるのが、過大な財政支出により通貨供給量が過剰となり、物価が高騰することだ。
政府が財政破綻したアフリカのジンバブエや南米のベネズエラでは年率1万%を越えるハイパーインフレが記録されているし、財政悪化が伝えられるトルコやアルゼンチンも年率20%を越えるインフレに苦しんでいる。
ところが日本はそれに当てはまらない。
日本の物価は1990年代後半以降、およそ30年にわたりデフレが定着している。日銀は2013年の黒田現総裁就任以来、デフレ払拭をめざして年率2%のインフレを金融政策目標とし、かつてない規模で金融緩和を続けているわけだが、これだけ努力しても消費税増税のあった2014年を例外として一度も目標に達していない。
貨幣理論の常識に反して、日本では政府がどれほど放漫財政を続けても、中央銀行がどれだけ金融緩和を行っても、一向にインフレになる気配がないのだ。
総括すると今のところ政府の巨額の累積債務は、日本経済に何の悪影響も引き起こしていないように思われる。
なぜなのだろうか。
●政府の赤字を吸収する民間の余裕資金
政府の財政赤字が問題にならない最大の理由は、日本の民間の金融資産が大きいことだ。
日銀が発表している「資金循環速報」によれば、2018年6月末時点で日本の家計の金融資産残高は1848兆円、民間非金融企業が同じく1176兆円で、合計3024兆円に達している。
この資産高は家計と企業の負債合計額2054兆円を970兆円上回り、政府、地方公共団体、社会保障基金からなる一般政府の負債と資産の差額720兆円をファイナンスするのに十分な額となっている。
政府が莫大な累積債務を抱えながらも日本経済に大きな問題が起きていないのは、政府が歳入の欠損を埋めるために発行した国債をすべて買っても資金不足にならないほどの余裕資金が民間に存在していたからなのだ。
このように説明すると、
「そうは言ってもこのまま政府が借金を増やし続ければ、いずれ民間の資金も底をついてしまう」
といった心配をする人がいる。
その心配は不要である。
なぜなら日本の民間の金融資産は政府債務残高の膨張に応じて増えていくからだ。
政府は民間に対して財政支出を行う一方で、民間からの税収によって支出した資金を回収している。財政支出と税収が同額であれば財政収支はプラスマイナスゼロとなり、民間部門の金融資産の増減に関して政府は中立ということになる。
しかし政府が支出した額より税金で回収した額が少なければ、財政は赤字になる。その場合、支出と税収の差額分だけ民間部門の資産が増えることになる。
財政で赤字が発生するということは、その赤字分だけ政府という公的部門から家計・企業という民間部門へ資産が移転することを意味している。
たとえば1998年に1300兆円台だった日本の家計の金融資産は2018年に1800兆円台と、この20年で500兆円ほど増えているが、その増加は主に政府がこの間に積み上げた財政赤字(20年間で約700兆円)に起因する。残りの200兆円は法人部門に積み上がっている。
政府の累積債務の増加と民間金融資産の増加は表裏一体であり、政府の財政赤字が積み上がった分だけ民間の金融資産は増えていくのである。
●外から見た日本は優良企業
国内はそういうこととして、では海外との関係ではどうだろうか。
政府の赤字が民間への資金流入となっていることは上で述べた通りだが、ここでもし日本の国としての経常収支が赤字だと、せっかく政府から民間に移転された資金も海外へ流出していくことになる。いわゆる「双子の赤字」である。
双子の赤字状態では、政府の債務が積み上がる一方でそれをファイナンスするための民間資本は減少していくので、財政的にはきわめて望ましくない。代表的な例が1980年代、レーガン政権時代のアメリカで、双子の赤字という言葉が広がったのもこのときのことだ。
現在の日本はどうだろうか。
日本の経常収支は1981年以降、30年以上にもわたって黒字を続けている。2017年には前年度比で1兆円以上増えて21兆7362億円、過去3番目の黒字額となった。
つまり日本の民間部門は、政府からもお金が入り続け、海外からもお金が入り続けている状態である。2017年度には財政赤字が33兆円以上あったから、経常収支黒字と合わせ、1年間で55兆円が日本の民間部門の金融資産に上積みされたことになる。
毎年こうして民間部門の金融資産が増え続けているので、この先も経常収支が赤字に転落しないかぎり、政府がいくら借金を重ねてもそれをファイナンスする民間資本が不足する心配はない。
外国の市場関係者が日本を見る場合、政府と民間を分けて考えるようなことはせず、全部門をひとまとめにして「日本株式会社」として見ている。
外から見た日本株式会社は、世界トップクラスの優良企業である。
30年以上も経常収支黒字を続けた結果、政府や企業、個人が海外に保有する対外資産残高は2017年末時点で1012兆4310億円に達している。対外負債残高は683兆9840億円で、資産から負債を差し引いた対外純資産は328兆4470億円。世界最大の債権国の座を27年連続で維持しているのだ。
確かに国内で公的部門と民間部門の資金バランスが傾いているが、海外からすればそれは日本株式会社社内の事情であって、部門間の話し合いでなんとでもなる問題としか見えない。
世界一の収支健全国家なので、その通貨である円の信用力も高い。だから世界経済に何か混乱が起きると為替市場では安全を求めて円買いが殺到し、一気に円高になってしまう。「有事の円」と言われるゆえんである。
●財政再建とは、国民の資産を取り上げること
政府がGDPの2倍もの借金を抱えながらも経済にこれといった問題が起きていない理由は、以上で見た通りである。
しかし差し迫った問題が起きていないとはいえ、今のままでは公的部門と民間部門のバランスがあまりにおかしいことは、誰の目から見ても事実である。
ではこれをあるべき姿に是正するには、どうしたらいいのだろうか。
政府の累積債務を減らすための王道は、財政を黒字化することである。
税収を増やすか、支出を減らすか、もしくはその両方を行って財政収支を黒字化し、その黒字を国債の償還に当てて、借金を年々減らしていく。
家計に喩えるなら、がんばって働いて稼ぎを増やす一方で生活費を切り詰めて収入より支出を少なくし、その差額を使って少しずつ借金を返済していくことであり、家計であれば借金返済の方法はこれ以外にない。
財務官僚を筆頭に、財政健全化を訴える識者は多い。その多くは「財政健全化=財政収支の黒字化」「財政再建とは累積債務の絶対額を減らしていくこと」と捉えているように感じる。
しかし後述するように筆者は今の日本では、財政収支の黒字化は政治的に不可能であるばかりでなく、倫理的にも行うべきはないと考えている。
先に、
「政府の財政赤字が民間の金融資産を増やした」
と述べた。これは、
「政府が財政赤字になっていなければ、民間の金融資産はここまで増えていなかった」
ということでもある。
民間部門は家計と企業からなる。家計には1800兆円を越える金融資産がある。一方で企業の資産と負債の合計は常にマイナスで、負債のほうが大きい。
話を簡単にするために企業部門についてはスルーすると、家計の金融資産1800兆円のうち1300兆円は、政府が本来取るべきだった税金を取らなかったことにより生じたものといえる。
もし日本政府が支出に見合うだけの税金を取り続けていたなら、日本の家計の金融資産の総額は1800兆円ではなく500兆円だったはずだ。
「財政を再建する」とは、税収に比べて支出が多すぎて溜まった政府の借金を、支出より税収を多くすることで元の状態に戻すことである。財政再建とは、もっと前に取っておくべきだったのに取らないでいた税金を、改めて民間から取り上げることなのだ。
もし今この瞬間、政府が財政再建を行って借金をゼロにしようとすれば、家計の金融資産1800兆円から1300兆円が税金で取り上げられ、家計の金融資産は500兆円と、3分の1以下に減ることになる。
財政再建とは、あなたの貯金がなくなるということなのだ。
筆者は、日本で財政再建を訴える識者のほとんどは、上の事実が頭に入っていないのではないかと疑っている。
財務官僚から政府の財政の深刻さを伝えられ、イノセントにそれを信じて、「政府は真剣に財政再建に取り組まねばならない」と官僚と一緒になって主張してはいるが、「それをすれば自分の貯金が減る」ということは頭からすっぽり抜け落ちている。
「それでは財政再建のため、まずみなさんから貯金の3分の2を政府に渡してください」
と言われたとたん、思ってもみなかった法外な要求に仰天して、
「聞いてないぞ!」
「なんでおれがっ!」
と顔を真っ赤にして抗議を始める――そんな人が大部分ではないだろうか。
●高齢者に集中する日本の金融資産
みなさんにも質問したい。
「政府が財政再建して累積債務ゼロになる代わりに、自分の貯金が3分の1に減るのと、政府が借金まみれのまま自分の貯金が増えていくのと、どちらがいいですか」と。
おそらく日本の55歳以上の男女の99%は、
「政府の借金なんてどうでもいいから、自分の貯金が増えるほうがいい」
と答えるだろう。
「自分の貯金は減っても、政府は財政再建すべきだ」
などと殊勝な回答をするのは、ろくに貯金などない若いうちだけである。
筆者も若かった頃は財政再建派で、
「政府は財政再建に真剣に取り組むべきだ」
とまじめに訴えていた。
ところが中年を過ぎたら一転して自分本位になり、
「政府の赤字などどうでもいいから、自分の貯金だけは減らしたくない」
と思うようになってしまった。
我ながら格好悪いと思うが、自分で家族を養ない、子どもの教育費を心配する立場になったら、きれいごとは言っていられない。
実際に日本の家計の金融資産の大部分を握っているのは、「絶対減らしたくない」と手持ちの金にしがみついている高齢者世代である。
政府統計ではそこまで露骨な試算は公表されていないが、総務省「家計の金融行動に関する世論調査」等をベースとした民間試算によれば、
「40歳未満の世帯の平均貯蓄額は602万円、負債額は1123万円で、負債が貯蓄の2倍近い。これに対して60代の世帯の平均貯蓄額は2382万円、負債額は205万円、70代の世帯の平均貯蓄額は2385万円、負債額121万円で、いずれも差し引き2000万円以上の貯金を蓄えている」(「ホームマイライフマネーオンライン」)
「全世帯の金融資産の60%以上を60歳以上の世帯が占め、50歳以上で80%以上を占める」(「2017 年の家計金融資産動向の回顧」大和総研)
「貯蓄から負債を差し引いた純貯蓄については、全世帯合計の90%以上を60歳以上の世帯が占める」(「小黒とらのパーソナルファイナンスと悠々自適な生き方」)
といった、身も蓋もない結果が出ている。
日本政府の累積債務が急速に増え始めたのは、バブルが崩壊した1990年以降である。
それから今までのおよそ30年間、政府は取るべき税金を取らずに財政支出を増やしてきた。その恩恵を最も受けてきたのが、現在55歳以上の中高年・高齢者世代なのだ。
人が主に税金を納めるのは、社会に出てからリタイアするまでの現役時代。その間に税金が安ければ、リタイアした時点でそれだけ多くの貯蓄ができている。そのメリットを最大限に享受したのがこの世代であり、だからこの世代に貯蓄が多いのは当然の結果といえる。
●高齢者から高齢者へ回り続ける金融資産
高齢世帯が持つ金融資産の多くは預貯金と保険である。
それは銀行と保険会社に預け入れられ、そこで国債購入資金となっている。
新たな国債が発行されるとその分だけ民間の金融資産が増え、それが金融機関に預け入れられて新たな国債購入資金となる。
日本国債の大部分が国内の金融機関に留まっており、その金融機関の資金源である日本の家計の金融資産の大部分が高齢世帯に保有されているということは、莫大な借金を抱える日本政府への主な貸し手は日本の高齢世帯であるということを意味している。
財政再建のためには、この高齢世帯の持つ金融資産を取り上げて国庫に入れる必要がある。
高齢者は新たに家を買うこともなければ、子育てにお金を使うこともしない。高齢世帯の金融資産は大切な「老後の保障」であって、消費に使われて減る割合は低い。
厚生労働省「簡易生命表」によれば、2017年の日本人の平均寿命は女性が87歳、男性が81歳となっている。
つまり資産を持った高齢者世代は、平均して80代で死亡する。
平均出産年齢を30歳とみて、残った資産は相続により50代中心の次世代に移転される。
この世代の多くは子育てを終え、リタイアを目前にしている。
結果、資産を受け継いだ次世代もそれを自らの老後のための大切な資金として、できるだけ使わずに保有し続ける。その人たちが亡くなると、残った資産はまた次の世代に老後資金として引き継がれてゆく。
政府が財政赤字によって民間に提供してきた莫大な資金は、もしそれが消費に回されれば大きな需要を生み、日本経済を活性化させつつインフレを導くはずだった。
しかし現実には政府がバブル崩壊以降30年間にわたって放出してきた1000兆円の資金は老後資金としてリタイアした高齢世帯の金融資産に取り込まれ、高齢世代の内部で循環しながらそこに滞留しているのだ。
先に政府の累積債務が経済に影響を与えていないと述べたが、どんなに莫大な額であろうとそれが高齢者の財布に吸い込まれたまま動かないのであれば、経済にめだった影響を及ぼさないのは当然といえる。