親指シフトとキーボード 3

「親指シフトとキーボード 2」より

●オウルテックのキーボード「OWL-KB109CBL-BK 青軸」を購入

以前の記事で、「スペースキーの大きさと位置から見て、市販の高級キーボードの中で唯一、オウルテック社製のキーボードなら、そのままで親指シフトを使えるのではないか」と書いた。
その検証をしようと思い、「OWL-KB109CBL-BK 青軸」を購入してみた。

このシリーズはキーボード用スイッチではよく知られた、ドイツのCHERRY MXスイッチを使用している。
同社のスイッチは板バネを使用したメカニカルスイッチと呼ばれるもので、多くの種類がある。代表的なものは黒軸、赤軸、茶軸、青軸と呼ばれている。キートップを外したときに見える軸に黒とか赤とかの色がついていて、それで区別できるようになっている。
黒軸と赤軸は「linear」で、スッと押せて、そのまま戻る。PCに付属しているメンブレンキーボードの感触に近い。黒軸の方が抵抗が強く、赤軸は弱くなっていて、好みで選べばよい。
青軸は「click tactile」で、クリック感があり、押すとカチッと音がする。昔のタイプライターっぽくなるよう作られたもので、音がちょっとうるさいが、いかにもメカニカルスイッチらしい。
茶軸は「tactile feel」で、上の二つの中間。押していくと一瞬、固い感じ(クリック感)があるが、音はしない。

今回買ったのは青軸で、カチカチ音がするタイプ。
アマゾンで7000円弱と、メカニカルキーボードとしては安価な部類だ。
交換用のオレンジ色のキートップと、キートップ交換に使う金具、それにリストレストが付属している。

これをいつも使っているDELLのL100と交換してみた。
上の写真の左がL100、右がOWL-KB109CBL。
前にも紹介した、blechmusikさん作成のフリーソフト「DvorakJ」を使い、日本文、英文とも筆者が独自に考案した配列で使用した。日本文は親指シフトだが、一般的なNICOLA配列ではない。

●親指シフトは使用可能

メカニカルスイッチの感触はよい。
青軸の押し下げ圧は60cNで、筆者的には「もうちょっと軽くてもいいかな」という印象。
わかっていたことだが、音はちょっとうるさい。
親指シフトは、無事に使えることが確認できた。
L100に比べると変換キーの位置がキー半個分右にずれているため、「もしかすると無理かな」と思ったのだが、特に意識して親指の位置を変えることもなく、そのまま親指シフトで使えた。
ただ、完璧かというと、残念ながらそこまではいかなかった。

L100とOWLを比べると、親指で打鍵する最下段のキーの形状が違う。
L100は上下方向の幅が通常のキーの2倍あり、しかもキーのエッジが立っておらず、柔らかなラウンドを描くようになっている。
このため親指で打つとき、キーのちょうど真ん中に指が当たる。
ところがOWLでは、最下段のキーの上下の幅は、それより上の列のキーと同じになっている。というか市販のほぼ全てのキーボードがそうなっているのだが、これだと親指は打鍵の際、キーのちょうどエッジに部分を押すことになってしまう。
それでも押せることは押せるのだが、L100のような滑らかな打鍵感は得られない。

とりわけ変換キーは筆者の場合、キーの左下のコーナー付近に右親指が当たってしまう。
これだとスムーズにキーに力が伝わらず、押すときの力がちょっと弱いだけで打鍵ミスになってしまう。
L100と同じように打鍵していると、右親指と他の指を同時打鍵する場合の打鍵ミスの割合が高まり、それをなくそうとすると力を込めて打つことになり、右手がいつもより疲れる感じがした。
左親指もスペースキーの下端のエッジを打つ形になるのだが、左右の関係ではキーの真ん中になる。この場合は感触がもう一つとはいえ、打鍵ミスにまでは至らないようだ。

●比べて改めてL100の出来のよさを知る

OWLを使ってみて、改めてL100の出来のよさを知ることになった。
これまで筆者も気づいていなかったのだが、他の指をホームポジションに置いてタッチタイピングすると、親指は、最下段のキーが一般のキーと同じ上下の幅しかない場合、キーの中心よりキー半個分下に来るらしい。そのため最下段のキーが一般のキーと同じ上下の幅しかないキーボードでそのまま打鍵しようとすると、指が最下段のキーのエッジに当たってしまう。
L100はそれをわかった上で、何も考えず自然に打ったときに、親指が最下段のキーの真ん中に当たるように、キーの上下の幅を2倍に伸ばし、かつエッジに指が当たらないよう、大きなRを描く形状になっているのだ。

さらにL100では最下段のうち、親指で打つ可能性の高い中央周辺のキーの上下の幅を増やす一方で、小指で打つコントロールキーについては上下の幅を1倍に戻してある。おかげでキーボード全体としては下の中央部だけがふくらんだ、不思議な形になっている。
この狙いは二つあるようだ。
一つは小指でコントロールキーを打つ際、少ない移動距離でキーの中央部を叩けるようにすること。
もう一つは手首を机につけて打鍵する場合に、左右の手の小指側の腹がキーに当たらないようにするため。

最下段がL100に近い形状のキーボードとして、マイクロソフトの「Keyboard 600 ANB-00040」がある。


マイクロソフト 有線/USB接続キーボード Wired Keyboard 600 ANB-0004

だがこちらはスペースキーが通常のキー3つ分あり、変換キーがNキーの下まで来ていないので、親指シフト用には適していない。またL100のように、親指で打つキーだけ幅を上下の広げ、小指で打つコントロールキーについては通常のキーと同じ幅に戻すような、きめ細やかな配慮まではされていない。
このマイクロソフトANB-0004も、世の中の他のキーボードに比べればよく考えられているとは思うが、比較するとL100の圧勝と言わざるを得ない。

L100を横から見ると、上下6列あるキーの形が列ごとに違い、真ん中のあたりが低めになっていることがわかる。
「ステップスカルプチャー」と呼ばれる構造だ。
OWL-KB109CBLを含め、高級キーボードはみなこうした形状になっているが、最近のデスクトップ付属の安物キーボードはそんな面倒なことはしていない。
付属キーボードといえども、昔のものは手が込んでいたのである。
しかもL100の場合、上で書いたように最下段中央部のキー形状は一般的なステップスカルプチャーのキーの形とは全く違っている。
その独特なキーの形に加え、OWLなどと比べて全体の厚みが少なく、つまり薄くできているおかげで、リストレストなしで問題なく使える。
本当に考え抜かれたキーボードだと思う。
いったい、誰が設計したのだろう。ぜひご尊名を伺いたいものである。

●OWLキーボードにチャタリングが発生

さて、購入したOWL-KB109CBLだが、数日使っているうちに方向キーの下(↓)でチャタリングが発生、何もしないのにカーソルがどんどん下に移動していくようになった。
「あれあれ」と思い、再起動したりなんだりしているうちに、今度は下キーが打鍵に反応しなくなってしまった。
どうやらメカニカルスイッチの初期不良のようだ。
アマゾンで返品手続きをしたら、翌日にはもう日本郵便が家まで不良品を受け取りに来てくれ、その日のうちに交換品が届き、素早さに驚いた。メーカーと直で交渉したら、とてもこうはいかなかっただろう。アマゾン万歳である。

で、交換品を使い始めたのだが……
なんとこれも数日して、全く同じキーがチャタリングを起こし始めた。
偶然の故障にしては、いくらなんでもおかしい。
これはメカトラブルではなく、ソフトウェア的な問題ではないか。
OWL-KB109CBLにはFnキーがあり、それを使ってF1~F6キーで音楽アプリを操作するようになっている。ということはキーボード内部に独自のファームウェアが入っているか、このキーボード専用のドライバーを使っているはずで、それが筆者が使っているDvorakJかAutoHotkeyと干渉しているのかもしれない。
筆者はDvorakJで文字キーの一部を方向キーに変えているので、あるいはそれが原因か。
原因ははっきりしないが、このままいつチャタリングが始まるかわからない状態で使い続けるのは不安だし、かといってメカトラブル以外の理由で何度も返品するのも気が引ける。
結局、OWLの使用はあきらめて、L100に戻してしまった。

●L100を分解してみた

L100にはFnキー等はなく、2008年に購入してもう10年以上、ノートラブルで使えている。通販モデルに付属していた安物キーボードなのに、この寿命の長さには驚いてしまう。
今回、一時的にOWLに変えた機会に、L100のカバーを外して中を覗いてみた。
それが下の写真だ。

L100のケースの上側はキートップと一体になっている。
下の写真は上側ケースを反対側(下側)から見たところ。
動かすとキーがカチャカチャと動くが、ひっくり返しても落ちることはない。
こういう一体構造は、作るのがかなり大変そうだ。

上側ケースを外すと、ゴムカバーが現れる。カバーは乳白色で半透明、素材はシリコンのようだ。それが回路全体を覆い、埃や液体などから中身を守っている。
これが長持ちの秘密だろう。
チェックすると、変換キーのあたりから埃が侵入していたが、シリコンのカバーの上で止まっていた。
シリコンだけにアルコールに浸した綿棒で簡単に拭き取れ、汚れ跡も残らなかった。
この構造であれば、たとえコーヒーをこぼしても素早くひっくり返せば、ノーダメージでいけそうだ。

シリコンのカバーはキーを支えるゴムを兼ねている。
10年以上も毎日何時間も使い続けているのに、今も打鍵による亀裂等が見られないのはたいしたものだ。
カバーは手で剥がせるようになっていて、剥がすと下からPET製の透明なフレキシブル基板が現れた。

2枚の基盤を上から押して接点を作り、マトリクス回路のどこがONになったかをICに伝えて、その情報をICがアスキーの文字情報に転換してPCに伝えるわけである。
このキーボードはまだ当分、大事に使う予定なので、分解はここまでとし、掃除機で埃を吸い取り、組み立て直した。

●OWL-KB109CBLも分解してみた

今度はOWLを分解してみた。
上側のカバーを外すと、ガラスエポキシのハードな基盤と一体となったメカニカルスイッチが現れる。
このスイッチは一つ一つが独立していて、そのONとOFFでマトリクス回路を経由して、ICのたくさんある足の一つ一つのONとOFFを切り替えている。

ハードな基盤の上を金属のカバーが覆っており、構造はガッチリしている。
反面、L100に比べて分厚く、リストレストなしで手首を机に着けた状態だと、指を上に持ち上げなければならず、長時間の使用では前腕が疲れてくる。
まだ新しいので埃は見当たらない。

こちらも分解はここまでとし、組付け直した。
組み直しのチェックも兼ねて、今この文章を書くのにはOWLのほうを使っているが、大きな問題はないようだ。

市販キーボードの多くはスペースキーの幅を広く取り、左右両方の親指で打てるようにしている。
しかしOWL-KB109CBLは現状でも右親指のホームポジションには変換キーが来ており、スペースキーは左親指で打つ構造になっている。
せっかくここまでやったのなら、ぜひ変換キーをもうキー半個ぶんだけ左に移動し、その分、スペースキーを縮めて、左右親指の役割分担を明確にしてほしいと思う。それにより、親指シフトで使ったときの操作性がさらにアップするはずだ。
それとFnキーなど余計なことはやめて、独自ファームウェアや専用ドライバーのような、キーリマップアプリと干渉して問題を引き起こす恐れのあるものは使わないでほしい。
さらに言うなら、L100のように最下段中央部のいくつかのキーの上下の幅を2倍にして、キーの下側のエッジも緩いRにしてくれれば言うことなしである。

L100がいくら丈夫でも、いずれ寿命はくる。
そのときに後継となる単売キーボードがないと、せっかく自分で考えた独自親指シフト配列も使えなくなってしまう。
各メーカーにはぜひ、検討をお願いしたいと思う。

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