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●21世紀の世界人口の推移
前回の記事「『世界食糧危機』は本当にやってくるのか」では、食糧需給のうち供給側を見てきた。
今回は反対サイドにあたる食糧需要を決定する、21世紀の世界人口の動向について、やはり川島博之先生の分析に基づき見ていきたい。
食糧需要を左右する最大の要因は人口であり、食糧危機説の前提となっているのも、21世紀に予想される急速な人口増加である。
世界人口の将来推計については、日本では普通、国連の中位推計の数字が引用される。
国連は2年ごとに世界の地域別の人口の将来予測を発表している。
その最新版である『世界人口予測2017年改定版』によれば、現在76億人の世界人口は「2040年に92億人、2050年に98億人、2100年には112億人に達する」と予測されている。
国連の中位推計を地域別に見ていくと、
現在44.2億人で、世界最大の人口(世界人口の58%)を有するアジアでは、2055年に52.7億人で人口のピークを迎え、それ以後は減少に向かう。
現在7.4億人(9.7%)のヨーロッパの人口は、今後は減少していく。
現在6.3億人(8.4%)の中南米の人口も、2060年代以降は減少に向かう。
現在5.8億人(7.6%)の北米の人口は、移民によって増加を続ける。
現在11.9億人(15.6%)のアフリカの人口は急激に増加し、2100年には44.7億人に達する。アフリカの人口は2100年には世界全体の40%まで増え、その後も人口増加を続ける。
となっている。
国連による世界人口推計は、発表年度ごとに変動している。
2000年代には一貫して上方に修正され続けており、2012年改訂から2015年、2017年改訂へと、2年に1度改訂されるたびに将来の世界人口を多く見積もるようになっている。
1998年改訂で89億人と見積もられていた2050年時点の世界人口の予測は、2008年改訂では91億人、2010年改訂で93億人、2015年推計で97億人、2017年改訂で98億人にまで増えた。
20年間で9億人も増えている。
なぜなのか。
●人口推計の基礎は出生率の推定
世界人口の推移は、将来の出生率をどう見るかで決まる。
1人の女性が生涯に産む子どもの数を「合計特殊出生率(TFR)」と呼ぶ。
日本では2000年から2005年までのTFRの平均が1.33で、その後にやや回復したものの、2017年時点では2年連続して低下し1.43となっている。
日本の公的な人口問題研究機関である国立社会保障・人口問題研究所ではこれを踏まえ、合計特殊出生率推移の中位推計として、
「実績値が1.45であった2015年から、2024年の1.42まで緩やかに低下し、以後やや上昇して2035年の1.43を経て2065年には1.44へと推移する」
としている(『日本の将来推計人口 平成29年推計』 より)。
ところが国連の中位推計では「日本のTFRは現状から1.5、1.6、と年を追う毎に上昇し、2050年には1.7に達する」として将来人口を計算しているのだ。
国立社会保障・人口問題研究所の中位推計によれば日本の人口は2050年に1億192万人となっているが、国連の中位推計はそれより700万人ほど多い。
なぜ日本の公的研究機関の推計を採用せずにTFRを上乗せしているのか、根拠は不明である。
中国の合計特殊出生率は過去10年の間、1.6前後で安定している。2016年には一人っ子政策をやめ、1.62まで上がったが、2017年にはまた1.61まで下がってしまった。
国連中位推計ではその中国についても日本と同じように、「2020年代にはTRF1.6から始まって次第に上昇し、2015年に1.77に達し、その後もさらに上昇する」として人口を計算している。
なぜ長年1.6前後で安定している中国のTFRが一転して上がり続けると考えるのか。
これも根拠不明である。
近隣の香港(2016年度でTFR1.21)や韓国(同1.17)の例を見ても、経済成長に伴って下がり始めたTFRを政策的に引き上げるのは容易なことではない。
筆者が川島先生を取材したのは中国が一人っ子政策をやめるより前だったが、当時から先生は、
「中国は近いうちに一人っ子政策を中止するだろう。そうなっても出生率はほとんど上がらないだろう」
と予言していた。
この予言は完全に的中している。
中東のイスラム圏は別として、インド以東のアジア諸国では、一人当たりGDPとTRFの間にはっきりした反比例の関係がある。TRFは一人当たりGDPが1000ドルを超える頃から減少し始め、直近で一人当たりGDPが5000ドル以上のアジアの国でTRFが2を超えるのは、モルジブ(2.09)、マレーシア(2.04)の2国のみである。
インドの一人当たりGDPは2017年時点で2000ドル弱、中国でいえば2006年頃の水準だ。
中国はそれから5年で一人当たりGDPが5000ドルを越えている。インドでもそう遠くない将来に一人当たりGDPは5000ドルを越え、TRFも2を切るだろう。既に直近では2.3まで下がっている。
しかし国連中位推計ではインドは今から10年以上経った2030年になっても、まだTRF2以上を続けることになっている。
それは明らかにアジアの他の国々の先例とは異なる動きである。
●あてにならない国連推計
国連はTFRが1.5以下に低下した国ではどこも、政府が出産を奨励してTFRが上昇するという前提で将来の人口を計算しているようだ。
インドのように急速にTFRが低下しつつある国でも、その低下のスピードはこれからゆっくりになるものとして計算している。
国連推計における2000年以降の世界人口の上方修正の要因は、実は大部分がアフリカの人口の修正によるものだ。
アフリカの2050年人口は、「98年推計」に比べると「2017年推計」では7.6億人多くなっており、これだけで2つの世界人口の推計値の差の9割に相当する。
国連ではアフリカの人口が増え続けると予測する理由として、
1.アフリカの出生率低下が停滞していること
2.アフリカの平均寿命が伸びていること
を理由に挙げている。
世界の他の地域では、ヨーロッパでも北米でも中南米でもアジアでもオセアニアでも、平均寿命が伸びると出生率が低下している。
だが国連は「アフリカは例外で、平均寿命が伸びても出生率は高いまま、人口爆発が進む」と見ているのだ。
真偽は不明だが、「国連では、世界の特殊合計出生率はぴったり2.1に収斂(しゅうれん)する」という前提を立て、それに合うように各国の出生率を決めている」という話がある。
もちろん世界のTRFが2.1に収斂する理由など、どこもない。
川島先生によれば、国連は一時期、「TRFが2を下回った国はどこも、将来的に1.85に回復する」という前提で推計を行っていたという。
これもまた、なんの根拠もない。
有り体に言えば国連の世界人口の将来推計は、「鉛筆をなめて決めている」という状態に近い。
そうでもなければ20年前に89億人だった2050年の世界人口の予測が、この20年の間に出生率が増えた国などほとんどないにもかかわらず、98億人に増えてしまうことなどありえない。
2019年6月には前出の『世界人口予測』とは別に国連の経済社会局(DESA)が、「現在77億人の世界人口は、2050年には97億人に達する」との見通しを発表している。この数字は2017年版の『世界人口予測』より1億人少ない。
こうした迷走ぶりを見ても、国連の人口予測に信を置くのが危ういことは明らかだろう。
だが権威に弱い日本のメディアは「国連のような世界的な組織が言うことは、きっと正しいに違いない」と、発表された数字を鵜呑みにしてしまう。
●いずれにしても余力のある食糧生産
将来の出生率推計に掛けられたバイアスを見る限り、国連は「世界人口はこれからさらに増え、人類は危機に陥る」と人々に信じ込ませたがっているようだ。
理由はわからない。そのほうが国連という国際機関の重みが増すという判断なのかもしれない。
しかし国連予測通りに人口が増えたとしても、それによって食糧が不足し、人類が危機に陥る恐れはない。
世界人口は1900年の16億人から76億人にまで増えた。
120年で4.75倍である。
今の76億がこれから90億に増えても、増加率は2割でしかない。
国連推計の通り2100年に112億人に増えたとしても、現状の5割増にも満たない。
一方で農地の面積あたり収穫量は、まだ何倍にも伸ばすことが可能である。
20世紀の人口爆発を乗り切り、加えて同時期に人々の栄養状態の改善も実現した人類にとって、21世紀に予想される人口増は「なんの心配もない」レベルなのだ。
まして人口が減っていくと予想される22世紀以降は、食糧不足を心配する必要はない。
●21世紀後半は人口減少の時代
国連の将来人口予測に対し川島先生は、「明らかに過大」と指摘し、
「アフリカの出生率は将来的にアジアや中南米なみに低下していくし、国連のアジアの出生率の推計も高すぎる。世界人口は2050年の段階で90億人前後に留まり、国連の予想とは逆に、21世紀後半は世界の人口が減ってゆく時代となる」
と予測している。
お話を伺って筆者も、どう考えてもその方が合理的だとしか思われなかった。
2019年2月、ネットで『「世界人口が今後30年で減少に転じる」という、常識を覆す「未来予測」の真意』という記事を見た。
『Empty Planet(無人の惑星)』という本の著者へのインタビュー記事で、著者2人はその中で、
「ちょっと調べただけで、多くの人口学者が、ずっと前から国連の人口予測に異を唱えていたことがわかりました。ですが、彼らはこうした意見を学会や学術誌で表明するだけで、一般大衆向けの情報発信はしてきませんでした。」
「国連はアフリカについて、出生率は2025年までほとんど変わらないだろうという悲観的な予測をしています。しかし、(中略)今世紀の間ずっとアフリカが農村部の貧困によって停滞するという予測は理不尽だと、わたしたちは考えています。」
と延べ、「これからおよそ30年(2050年前後)で世界人口は減りはじめるでしょう」と結論している。
川島先生と全く同じ見通しだ。
正しいのはこちらの予測であろう。
結局国連が掲げる「世界人口は21世紀のうちに100億人を突破する」という予測は、何の根拠もない虚構にすぎないし、たとえそうなったとしても食料需給の心配はいらないということだ。
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