おいしいご飯の炊き方 2

「おいしいご飯の炊き方 1」より

前回の「おいしいご飯の炊き方 1」を書いた数年後、さる大手炊飯器メーカーの開発チームの方にお話を伺う機会があった。
話を聞いて、「やっぱりプロはすごい」とうなった。
とにかくこだわりが半端ではないのだ。
具体的な名前や企業秘密については公開できないが、お話の中で教えていただいた、炊飯についての一般的な知見を紹介したい。

●日本メーカーの炊飯器開発体制

日本人のおいしいご飯へのこだわりは強く、炊飯器も既に世帯普及率がほぼ100%に達しているにもかかわらず、買い換え需要だけで年600万台もの国内市場があるという。各炊飯器メーカーはこの市場を巡って熾烈な開発競争を続けており、毎年ニューモデルを発表している。
ご飯のおいしさは70%が固さ、粘り、噛みごたえといった食感(物性値)が占め、残り30%のうち、甘さなどの味(化学的要素)が20%、匂いと外観が10%と言われている。
このため各メーカーでは味、匂いなどの化学的な成分分析に加え、テキチュロメーターと呼ばれる測定器による、固さや粘りなどの物性チェックも行っている。

メーカーの研究所では米の味のみを専門にチェックする何人もの食味テスターが連日、自社炊飯器のご飯をチェックしており、それ以外にも多人数による社内食味テスト、さらに外部モニターによる試食も行い、味の向上に努めている。
それとは別に開発チームのメンバーも独自に食味チェックを行っており、開発担当者は日に少なくとも5回、数種類の炊飯ジャーで同時にご飯を炊き、味を確かめている。炊飯器だけでなく、昔の羽釜を使った直火による炊飯も行って参考にしているという。
食味テストのために社内で消費する米の量だけで、月に数百キロにも上る。
競合メーカー各社がそれと同じレベルの開発努力でご飯の食味向上を競い合っているのだ。

●米がご飯になるプロセスとは

どうすればご飯がおいしく炊けるのか。
その方法を解明するためには、まず米がご飯になるプロセスを理解しなくてはならない。

米の主成分はデンプンである。
生の米は結晶構造が大きく、消化されにくい「βデンプン」でできている。
含水率も14%と低く、噛むと固くぼそぼそしている。
「米を炊く」とは、このような状態の生米に水を加えて加熱することで、含水率を60%程度まで上げ、βデンプンの結晶を分解して消化しやすい「αデンプン」に変化させること(アルファ化)を意味する。
アルファ化に必要な条件は一般に「摂氏98度で20分」とされている。

デンプンがアルファ化する際、αデンプンの一部はさらに分解し、還元糖(ブドウ糖)となる。
このブドウ糖は炊飯の際、アミノ酸やアミノペプチドとともにいったん水に溶け出す。
これがいわゆる「おねば」だ。
この「おねば」は、炊飯の過程が進むにつれ、水とともに米に吸われていく。これによってご飯の甘みが増すのだ。

●昔の伝承は本当だった

昔から伝わる、
「始めチョロチョロ、中パッパ、グツグツいう頃火を引いて、赤子が泣いても蓋とるな」
という伝承は、実は現在でも有効なのだという。

全体で1時間ほどの炊飯時間のうち、まず最初の25分は生米に水を含ませる段階で、温度を50度程度に保ち、含水率が30%程度になるようにコントロールする
このときに十分に時間をとって水を含ませないと、アルファ化がうまく進まず、炊きあがったときに米に芯が残ってしまう。
これが「始めチョロチョロ」である。

米が十分に水を吸ったら加熱を開始する。
このときは強力な火力で一気に温度を上げる必要がある。
βデンプンは70度ぐらいから結晶構造が崩れ始めるのだが、その前後の温度の時間が長く続くと、いったん崩れかけた構造がアルファ化しないまま元の構造に戻ってしまうという現象が起きる。いったんそうなったデンプンは、再度加熱してもうまくアルファ化しなくなってしまうのだ。
このため70度付近の温度帯をすばやく抜けるよう、急速に温度を上げなくてはならない。
これが「中パッパ」である。

つまり、「50度くらいまではゆっくり」「70度近くなったらすばやく」温度を上げてゆく必要があるということなのだ。
ただ一気に加熱といっても、あまり強い熱をかけると中の温度が不均一になってしまう。
実際には、「7分~12分で70度から98度以上に温度を上げる」ことが望ましい。

容器内がアルファ化に必要な98度以上に達したら、次には火力を落とし、温度を保ちつつアルファ化を進める
この昇温後の保温のための加熱時間は、20分程度
これが「グツグツいう頃火を引いて」に当たる。

さらにゆっくり温度を落としていく「蒸らし」の過程が15分程度
この間、圧力を下げないことがおいしく炊くコツだ。
これが「蓋とるな」に相当する。

●性能向上著しい現代の炊飯器

昔の炊飯器では内釜の底にヒーターを置いて加熱していたが、それでは火力が不足し、理想の時間内に温度を上げられなかった。最近のIH炊飯ジャーはより火力が強いので、その点では有利になった。
ヒータータイプの場合、熱源であるヒーターに近い底の部分だけが早く炊けてしまうという問題があったが、IH炊飯ジャーは容器全体が発熱するので、その点も改善されている。
ただそれでも問題はある。
容器全体が発熱するといっても、容器から遠い中心部分は温度の上昇が遅くなるため、どうして炊き加減に「ムラ」が出てくるのだ。
そうした炊飯器で炊きあがったばかりのご飯をかき混ぜると、縁に近いところは柔らかく、真ん中のあたりが固めになっていることに気づくだろう。

最新機種ではこの点の改善が進められており、各種センサーによって釜や蓋の温度を測定し、電子制御で加熱量と圧力を調整、炊き始めから蒸らしまでそれぞれの段階で容器内の温度と気圧を均一に保って、全体にムラのない炊き上がりが得られるようになってきた。

実は伝承には「最後に一握り藁をくべ」という続きがあるのだという。
最新型の圧力炊飯ジャーでは、この伝承まで再現している。
蒸らしの過程でもう一度再加熱し、アルファ化に必要な98度から100~107度まで温度を上げるのだ。100度以上に温度を上げられるのは圧力炊飯器ならではの特長で、そうすることで味や香りなど全ての項目でおいしさが増すことが、食味テストの結果判明しているという。
また白米に比べてアルファ化しにくい玄米は、普通の炊飯器ではなかなかうまく炊けないが、圧力炊飯ジャーではおいしく炊ける。

●ご飯の世界に終わりはあるのか

専門家の話を伺っていると、炊飯器メーカーの開発にかける執念もさることながら、昔の日本人がおいしい米を炊くことへいかにこだわっていたかもわかって、驚いてしまう。
筆者程度の素人が鍋を使ってガスレンジで米を炊いても、これだけの努力をかけて開発されている市販の炊飯器よりおいしく炊くことなど、まず無理ではないかという気がしてくる。
そもそも自分がご飯の味の違いをどの程度わかっているのかと考えると、メーカーで食味チェックをしているプロフェッショナルたちと比べたら、話にもならないレベルだということは間違いなさそうだ。

もっともこれだけ炊飯器の性能が上がってきても、世の中には、「昔の羽釜で薪を使って炊いたご飯が一番おいしい」とか「電気炊飯器より土鍋を使ってガスで炊いたほうがおいしい」と主張する人も多い。
米の炊き方の世界は、底なしに深いのかもしれない。

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